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第二次大戦中の日本軍は液冷(水冷)エンジンの飛行機を作っても 整備に泣かされ...

Night Headさん

2013/1/1423:10:29

第二次大戦中の日本軍は液冷(水冷)エンジンの飛行機を作っても
整備に泣かされたといわれていますが、
具体的に空冷と比べてどう難しいんですかね?

文字では限界があると思いますが、できるだけ教えていただきたいです。
あと欧米でも空冷を採用した飛行機はどういう意図があってそうしたのですか?

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mer********さん

2013/1/1522:53:29

液令エンジンは、ラジエーターが必要など部品数が多く構造が複雑、また公差が空冷より厳しいといいます。
また、漏れを防ぐ技術も日本は低かった。

液令エンジンで空冷より難しいのはクランクシャフトの長さ。
クランクシャフトが長くなる液令は、空冷より公差が厳しく欧米より誤差が大きかった。
そのうえ、材質の問題もあり上手く回らず折れることもあった。

あと欧米での空冷の採用は、主にアメリカの艦上機が空冷を使用したのは空母の運用のしやすさで

1 構造上空冷の方が簡単で整備しやすい。
2 飛行機の長さが短く出来る為エレベーターを大きくしなくて良い。
3 空母に補充の冷却水のスペースを作る必要が無い。
4 空冷は頑丈で被弾に強いので大洋を移動する艦上機なら生存性が上がる。

などです。
そして実はアメリカは高性能の液令エンジンを作るのが苦手で大馬力の空冷エンジンを得意としていた事もあります。

フォッケウルフFw190など液令エンジンの不足で空冷で作ったとも言われますが、被弾しても飛べたからという理由もあったとか。

空冷も液令も利点欠点がありますが、液令エンジンは基礎工業力の差が出るエンジンであることは間違いなく日本は苦心してました。
しかし、当時、航空機(戦車も)を設計から量まで出来る国は、ほんの一握りで日本の技術者の努力には敬意をはらいたいです。

質問した人からのコメント

2013/1/21 23:38:08

いや、そういわれれば液冷エンジンを完璧に製造運用できる国が
欧米にいくつあったかと思うと日本ってすごいねえ。

ベストアンサー以外の回答

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yuj********さん

2013/1/1500:05:33

整備以前の問題で、製造技術が伴ってなかったんです。
特に駄目だったのが鍛造部品の製造で、ドイツならプレス機でポンポン作れたものを、日本では削り出して作らなければならなかったりで、強度と精度がだせない。
一時が万事その調子で、空冷と比べて部品点数が多くて高い精度を求められる液冷はうまくいきませんでした。

gyo********さん

編集あり2013/1/1500:03:01

元々冷却機構が付いている分だけ複雑ってのもありますし、空冷の整備しか教えられていない新米整備員には扱い方が分からなかったというのも大きいです。日本でも30年代後半までは水冷エンジンの九五式戦闘機などを使っていましたからその頃の整備員ならまだ慣れてるんですが、40年代に入ってから行われた航空部隊の大拡張の中で整備員を大量育成するために教育内容が簡易化されてしまったんです。それで水冷エンジンの整備法教育まで手が回らなかったのが戦時中の新型水冷エンジン機にとって足かせとなりました。
それと戦時中に使われたDB601系のエンジンは燃料噴射や流体継手などの新技術も用いられており、これも他のエンジンに比べて扱いにくくなった一因です。燃料噴射は一部の空冷エンジンにも使われましたが、それらでもトラブルが発生していました。

>空冷
もともと第一次大戦以降大馬力のエンジンを作るなら水冷にするのが普通だったんです。ところが1920年代の末に米英で大馬力の空冷エンジンが実用化されると、水冷より低コストで軽量なため一大ブームとなりました。ドイツやソ連でもアメリカの空冷エンジン技術を輸入していたくらいです。この空冷ブームに乗って日本は空冷中心に転換したんですが、戦闘機に関しては抵抗の少ない水冷が世界的には好まれており、また空冷エンジンも技術的に簡単なわけではないのでそれまで水冷エンジンを作っていたメーカーは引き続き大型機用としても水冷エンジンの開発を続けました。日本でも30年代の終わり頃になると高速機は水冷に戻したほうがいいのでは?と考え始めて改めて導入しなおそうとしたところで戦争が始まり、技術輸入がスムーズに行かずトラブルが多発する羽目に陥ります。

で、アメリカ陸軍も空冷の本場ということで戦前はP-26やP-36など空冷戦闘機が多かったんですが、日本と同じく30年代後半から水冷にも興味を持ち始めてアリソンエンジンが開発され、P-38以降の陸軍戦闘機に多用されることになります。ただアリソンは出力が不十分なためP-47やP-61のような空冷戦闘機も引き続き作られ、また海軍では交換部品が少なくて済むことから空冷一辺倒のままでした。水冷はシリンダーブロックが冷却ジャケットと一体なのに対して空冷はシリンダーが独立しているので、被弾して壊れても一部だけ交換すれば済むわけです。
同じく空冷の本家といえるのがイギリスですが、こちらは大馬力空冷エンジンのメーカーが一社しか無かったので大型機用だけで需要が一杯でした。

他の国々でも戦闘機用で適当な出力の水冷エンジンが入手できなければ空冷を使っています。たとえばドイツのFw190は水冷のDB601系エンジンが需要過多で供給難だったために空冷のBMW139(先祖はアメリカ・P&W社のホーネットエンジン)を採用しようとし、BMW139が失敗作となると爆撃機用のBMW801(こちらも同じくホーネット系)を使用しています。
ソ連戦闘機も新規開発時には水冷一辺倒でしたが、元にしたフランス・イスパノスイザ社製の水冷エンジン(クリモフ)が構造上大馬力化に限界があり、もうひとつのドイツ・BMW社系水冷エンジン(ミクリーン)はIL-2襲撃機用で手一杯だったため、ラヴォーチキン戦闘機は改良段階で空冷のシュベツォフエンジン(先祖はアメリカ・ライト社のサイクロンエンジン)に換装して活躍しています。
イタリアは独自開発の空冷エンジンを多用しましたが、産業政策のダメっぷりから大馬力化で遅れを取ったため逆にドイツ製水冷エンジンを導入することで高性能化されたりしています。

こんな感じでいかがでしょう。

97戦闘機さん

編集あり2013/1/1423:58:04

三式戦の例でよいなら整備士の不慣れが原因

今のトルクコンバーターみたいな
フルカン継手のがあるですが
そのオイルの調整
地上でエンジン全開にしたり
機体胴体後部のうえに人のせ浮き上がらないようして調整

川崎の技術者が調整して帰って、しばらくすると又同じ

調整不良だと馬力がでないのです

あと冷却器の空気取り入れ口の開きわすれて
地上でオーバーヒートさせたり
液例はエンジン細身空力的に有利

空冷は冷却装置なしで機体が軽く出来る

三式戦を金星エンジンに換装したときは軽くなりました

fio********さん

2013/1/1423:38:33

図は無いけれど、ざっと説明すると、エンジンはシリンダヘッド・シリンダ・クランクケースから出来ています。

星型エンジンのような空冷エンジンは、シリンダヘッドやシリンダに直接空冷フィンがあり、流れる空気で燃焼熱を放冷しています。
空気は冷却熱量が少ないので、伝熱面積をうんと広くする必要がありますし、いつも冷たい風をあてるために、機首から見たときエンジン投影面が大きくなりますから、空気抵抗が増えてしまいます。

液冷エンジンは直列エンジンが多いのですが、それは水の冷却熱量が大きいのでシリンダを水ジャケットで包んだブロックとすることができるためです。
ブロックを通った水は機体後部や翼内に設けた冷却機(ラジエータ)で集中的に冷却できます。
直列エンジンは機首を細くすることで速度を得やすくなります。

この水ジャケット付きのヘッドやブロック、水配管が熱膨張、収縮で水漏れ、油漏れを起こしやすくなります。
複雑な形状となれば、加工や整備も格段に困難になります。

海軍が空冷エンジンを好んだのも、空母という限られた整備環境、海洋上の遠距離飛行時の信頼性からではないでしょうか。

iko********さん

2013/1/1423:36:50

当時の日本にはシーリング技術がありませんでした

戦後、朝鮮戦争のときアメリカの車両を修理してみて
Oリングなどの存在を知ったと、当時の技術者の人が本に書いてます
戦時中の日本のエンジンは
オイルが常に漏れているのがあたりまえだったのだそうです

つまり液体を封じる技術がなかったわけですから
水冷だと水が漏れまくったことは
容易に想像がつきます

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