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古今和歌集の、"世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし''につい...

bas********さん

2013/2/2522:15:33

古今和歌集の、"世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし''についてなんですが、

鑑賞文を書くことになってしまい、とても焦っています泣

できれば、この歌

の感動?などについて詳しく教えて下さると嬉しいです。

お願いします( ´△`;)

補足早めにお願いします汗

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ベストアンサーに選ばれた回答

un_********さん

2013/2/2618:32:20

在原業平(ありわらのなりひら)の歌ですね。

<世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし>
※この世の中に、まったく桜の花というものが無かったならば、春を迎える人の心は、おだやかでいられるだろうに。(しかし実際は、なまじ美しい桜の花があるせいで、いつ散ってしまうだろう、どうか散らないでほしい、とハラハラして過ごすことになるのだが…。)

もちろん、本気で「桜なんか無かったらいいのに」と思っているわけではありません。「美しい桜の花よ、どうか散らずに、このままずっと咲いていておくれ」という、はかない花の命を惜しむ思いを、裏返しの形で表現した歌です。

この歌は、「伊勢物語」の第八十二段にも出てきます。(古今和歌集と伊勢物語とどちらが先かは、はっきりしません。)

「伊勢物語」では、まず主人公(在原業平がモデル)が上記の歌を詠みます。それを受けて別の人(誰なのか不明)が、次の歌を詠みます。

<散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂き世になにか 久しかるべき>
※散ってゆくからこそ、いっそう桜は素晴らしいのです。そもそも、この辛い世の中に、永遠に変わらないものなど何があるでしょうか(何もありません)。

こちらは「花の命は短いからこそ値打ちがあるのだよ」という、ツッコミの歌です。現代人の感覚には、こちらのほうがフィットするかもしれません。しかし少し理屈っぽいような気もします。在原業平の歌のほうが、気持ちを強く訴えかけてくるようです。

たぶん在原業平も、そんなことは分かっているのです。でも彼は、こういう風に(理知的というよりは直情的に)表現してしまう人なのだと思います。

「古今和歌集」の編者の一人、紀貫之(きのつらゆき)が、序文(仮名序)の中で歌人たちを論評しているのですが、在原業平については、こう評しています。

<在原業平は、その心余りて、言葉足らず。>

在原業平は、その歌に込めようとする心情が有り余っていて、表現する言葉がついていかない、うまく言えていない感がある、というのです。でもそこが在原業平の個性なのかもしれません。

質問した人からのコメント

2013/2/28 00:20:32

笑う よく分かりました(。-∀-。)
ありがとうございました!

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

aok********さん

2013/2/2600:19:19

この世に桜様と申さられますものがなくなられましたら春の心と申さられますものはあられませんで落ち着かられましてのんびりさられましてとかなどはあらられませんでそれどころかそれに輪を掛けらられまして寂しくてむなしいだろうか。

意味と致しましてはこのような事のような・・でも最後の”春の心は のどけからまし”はわたくしは「寂しくてむなしいだろうか」ではあられませんで御作者様様もそうなのではないかなと思いますけれども本当にその頃になられますと永遠の命を授からられます事が出来らられまして頂からられまして・・・。
所謂そのような事の時代の事を詠まらられましたのかなと・・・。

所謂最後の「 のどけからまし」の意味は「だろうな」ではあらられますと思いますけれどもこの歌を詠まらられました方様への疑問と申しますか質問と申しますかそのようなものがあらられますようにも思いました

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