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『ライフ・イズ・ビューティフル』ちょいネタバレ

pha********さん

2007/1/720:21:18

『ライフ・イズ・ビューティフル』ちょいネタバレ

皆さんに絶大な支持を受けている『ライフ・イズ・ビューティフル』ですが
皆さんのぶっちゃけた意見を聞きたい。
(と言うか、私の意見をぶっちゃけたい)

最初に断っておきたいのですが
この作品を見てからかなり時間が経っていますので、うろ覚えの部分も多々あります。
どうでもいい様な、細かいご指摘はご遠慮下さい。
BAは投票で決めるので反論もバンバンお願いします。


私はこの作品があまり好きではありません。

[好きではない理由]
①主人公であるロベルト・ベニーニが監督と脚本もしている事。
(そんなの制作側の勝手なんですが)
基本的に『お涙頂戴』は映画の見せ場の1つだと考えているのでOKなんですが
三役だと知ってしまった時点で、お涙頂戴色が強すぎると感じられる。

②父親の愛情がわからなくもないが・・・
私は2児の親だが、私なら「どうしたら子供が怖がらないか」より「どうしたら子供が生き延びられるか」を考える。
ドイツ兵がどれだけ怖いかを説明し、見つかってしまったらどうなるかを真剣に教えると思う。
かくれんぼのゲームなんかありえない。

③歴史的背景を軽視している(これが1番の理由かな)
強制収容やホロコーストを扱っている作品なのに収容所生活の描き方が甘すぎないですか?
これらの題材を中途半端に表現する事は誤解を招く原因になりかねないと思う。
(その辺の事詳しく知りたければ『シンドラーのリスト』でも見てろって?)
例えば原爆の悲惨さを軽々しく表現されてたらどう感じますか?
強制収容の経験者やその身内、これらを語り継いでいこうとしている人たちには到底受け入れられる物ではないと思います。

他にも書きたい事は色々あるのですが、文字制限もあることですので・・・
皆さんはこの作品のどういった所が好きで、逆にどういった所がきらいですか?色々な意見を聞かせて下さい。

「まぁ映画なんだから」って言われてしまえばそれまでなんですがね・・・

皆さんに叩きのめされた後、立ち直る事が出来たら第2弾をぶつけてみたいと思っています。
(他にも大多数の方が良い評価しているのに、私は「そうかなぁ?」と思う作品がいくつかありますので・・・)

補足ご回答ありがとうございます。

私の好きな作品は、この作品とは全く違うジャンルの『グーニーズ』や『スタンド・バイ・ミー』です。

回答者の多くの方は生きて出られるのを前提に考えていませんか?
それならば私も恐怖心は不要だと思います。
又、完全にアウトの順番待ち状態でも恐怖心は不要だと思います。
(『タイタニック』の子供を寝かし付ける母親の様に)

皆さんにもっと色々ぶつけてみたかった…
文字数がない…
残念!

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ベストアンサーに選ばれた回答

nig********さん

2007/1/720:48:31

ホロコーストの悲惨さは今更強調しなくても誤解を招く心配はないと思います。
詳しく史実を語っている映画や本は山のようにありますからね。
この映画はそうした戦争の悲惨さを真面目に訴えるものではなくて、
テーマは家族愛とか、悲惨な状況の中に楽しさを作り出して一途に息子を守る父親の姿です。
ドイツ兵がどれだけ怖いか、見つかったら殺される。など本当の事を幼い息子に言い聞かせて、いつ終わりが来るかもわからない恐怖生活を続けさせるよりも、父親は今まで通りの生活を息子にさせてあげたかったのです。
自分達がここで死ぬ運命なら尚更そうした思いは強くなると思います。

この映画に限らず、こうした映画を「お涙頂戴もの」として見てしまったら、
主演俳優が監督も脚本も手がけているというような事も「わざとらしく」やらせ的に見えてしまうのでしょう。

この質問は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

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viv********さん

2007/1/812:05:47

私はこの映画は大好きです。

学生時代から多くの洋画を観て来た方だと思いますが、ベストテンには入ります。
なぜ好きなんだろうと自分で考えてみました。

主演のロベルト・ベニーニは全然好みのタイプではなく(むしろうざい)、物語の前半で妻がロベルトを選んだ時にもうひとりのエリートにすれば良いのにと思いました。
後半で自分は間違えていたことを思い知らされましたが。

好きな(印象に残った)シーン。
・子供になぜユダヤ人入店不可があるのか聞かれてユーモラスに答える場面。
・おじいちゃんがそうと知らずにガス室に送られる時、ドイツ人女性がつまずいたのを支えたのに、蔑みの目で見られる場面。
・収容所から助けてもらえるかもと期待していた医師に裏切られる場面。

もちろん最後の「戦車だ~!」のシーンでは涙が止まりませんでした。
人それぞれの得意分野があって、父親は自分の武器であるおしゃべりで子供を守ろうとしたのですね。

とても残酷な話を、これといった残酷な画面を出さずに表現できているのが素晴らしく、時にくすっと笑えるユーモラスさが際立っていますね。

どんな絶望的な場面でも、私はユーモアは必要だと思います。

hqk********さん

2007/1/806:06:03

私はこの作品、好きです。
だからといって変に思い入れがあるわけではないですが。

私もこの映画のテーマは、ホロコーストの救いのなさや恐ろしさを伝える目的のものではないからこそこれでいいのだと思います。
もちろん現状や歴史に詳しい人から見れば、「いかん!」となるかもしれませんが、この作品はそうではないのではないでしょうか。伝えんとするメッセージが。

だからこそあのような収容所設定に関わらず、子供をガス室で処分するという口頭説明や匂わせる部分があっても、直接描写がないのだと思います。
よくいえば子供でもみられる作品であるのではないでしょうか。
父が実際に殺される場面さえも銃声だけで映像描写しないことを考えれば、私はこの監督について無知ですが、作り手の意図としてこの作品をそういう視点ではなく伝えたいというのは十分に伝わってきました。

悲惨さを描きたいのであれば、冒頭の幸せでお茶目な恋愛エピソードこそ不必要になってしまいます。
この映画は、家族の絆と父を信じる子供の純真さ、夫を信じる妻の従順さ、そして楽観的にみえながら家族をそんな過酷な状況でも希望をすてず、自分らしさを失わないよう自ら手本となろうとしたあくまで1人の男性の生き様を描いたものだと私は思います。

私も同じく2児の母です。
質問者さんのように子供に事実を話し身を守らせる事、これはだ誰もが選ぶと思います。
だからこそ、あえて恐怖心を与えずにあんなに無理のある芝居に徹した父親を逆にすごいと思いました。
自分も恐怖の中でそんな風に子供を勇気付けられるなんて、できる事ではないですよね。
子供がある程度大きければ別ですが、うちの子供は5歳と4歳。
そんな風に怖がらせても、自分で自分の身を守れる年ではありません。
逆に恐怖心でなきさけんで殺されてしまうかも。
だったら恐ろしい記憶は意味がありません。トラウマとしてのこらないような記憶にしてあげられればと思う。
同じ親として、こんな子供に希望を与えられる親でありたいなと思いました。
実際にあの子は父親のいう事に半信半疑だった部分もあると思います。
いくらなんでもおかしいぞと。そんな表情のシーンがいくつもありました。
でもそう思いながらも父を信じようとしていたんでしょう。
それがラストの戦車のシーンで「やっぱり本当だった!」となった時、私は父の努力が無駄じゃなかったのかなと感じました。

もちろん後に子供が大きくなってその嘘を知る時はくる、
でも、家族皆で怯えて過ごしたあげく父が殺された、という悲劇ではなく、父が自分を勇気付け、母を勇気付け、守ってくれたからこそある命だ、と思える気がしてなりません。
たかが映画にこんな深読みもどうかとも思いますがそう感じます。

きっと子供がもっと大きかったら、真実を説明した上でそれでも妻に勇気をあたえるようなやり方で息子にも接していたと思います。
あの年齢だからこそ、ああしたのではないかなと。

要は映画の枠をこえ、ある1人の男性の生き方ってこんな風なんだ、家族ってこんな過酷な状況でも信じあって思い合えるものなんだ、と私は家族の在り方を理想的だなと思いました。

無論それ以前の幸せな過程や、恋愛中の魔法のようなトリック等を演出した伏線を全て含めた上で、このユーモラスでもあり、自ら家族と一緒の道を選ぶ妻も含め、お互いを思う気持ちにあふれた家族の姿をみたような気がします。
過酷な状況という設定をあの収容所にしただけであって、そこがなんであれどんな場であれ、あの家族はそうするんだろうな、と思えるというか。
場所はあくまでもひとつの設定でしかないと思います。

また、私はこれをお涙頂戴映画とは思いません。
号泣映画という人も多いけど、私は見終わった時、辛い中にも幸せな感覚が残りました。
お涙頂戴映画というのは、泣けるシーン辛いシーンの押し売りで、同情をかって観客にこびようとするような作品だと思います。
こんなコミカルで悲惨であるべき描写も確かに甘く、一見質問者さんのようにうけいれられない特殊なやり方で進む主人公がお涙頂戴とは思いません。
まして主人公と製作者がおなじであればなおのこと。そんな他意さえないように思います。

これがうけいれられたのは、あくまでも見る側の人々の心の中にある願いや理想のような一見難しいけどいいなあと願う物があったからではないでしょうか。
へたすると真逆に滑っていた可能性も高い作品ですよ。
それだけ人は希望になんらかの素晴らしさを見出すものなんだと思います。

まして「映画」なわけですから、そういう理想を体感したり、共感したりしながら。悲惨状況に限らずこんな風に明るくいきていきたい、家族を思っていきていきたいな、と思える人がいたら、それだけでも意味があるものなのではないでしょうか。

mim********さん

編集あり2007/1/816:11:02

この映画に対して多くの方が肯定派なので言いずらかったんですが、同じように感じていました。
私は今でもその遺恨の残る時代=近代戦争の時代について当時を生きていなかった人間がとやかく話を作ってはいけないのではないかと感じる方なので…、しかも、あの救いのないホロコーストを。
いくら前向きに明るく生きている人であったって…、、あんなに気丈に乗り切れるものでしょうか…。
まだあの時代を生きて経験した人であるなら分かります。というか、語る資格があるように思います。でも伝聞でしか想像でしか知らない人間が、、、「百聞は一見に如かず」ですのに。

言い方は悪いかもですが、当時を経験しない人間が当時を語ることは誰だって出来ます。
いくらでも夢を、理想を、綺麗に語ることなんて出来る。言葉が上手な人ほど、綺麗に綺麗に語ることが出来る。でも所詮語りなんですよ。
たとえば、何の勉強も努力もしなかった人が弁護士や医者になれない。でも、医者や弁護士になって世の中の困っている人々を救う物語を空想で幾らでも語ることは出来る。
本当に医者や弁護士の物語と、その理想を描きたいなら、実際にその職に従事するか、綿密な取材をし、十分に実情を学んでから人としてのリアルな希望を描いてこそ、、共感する方なので。
何度もいいますが戦争の歴史以降に生きた人間が当時の事をとやかく理想を語ってはいけない、まるで「ワタシならこうしたのに」と言ってるようなもので、本当に当時を生きている上で本当にそれが出来たのか、結局だれも検証なんてできないのに。卑怯に思います。

「バトルロワイヤル」という映画がありましたね。あれこそ現代を生きる私達が戦争を追体験できたような作品だと思うのですが、例えばあの様な状況を思い出してもらって、、、いや、もっと大きく一方的な迫害を受けている立場の人々なのでもっと切羽詰っていると思うのですが、そのような状況を想像して…、果たして人間はこの主人公の様に立ち回れるほど気丈でしょうか。
いくら我が子可愛いとしても…。

どうしても、そこに賛同できず。
戦争を語る上で、もっと事実に真摯に受け止める作品こそを私は作るべきだと思うので、イーストウッドの硫黄島2作を実は観ましたが、あれらには、その真摯さがひしひしと伝わって、逆に心底安心しました。
事実こそが、本当にあの時代を癒す、死者やご先祖や国を癒す道だと思います。
それだけの悲しい事実を、ちゃんと悲しいものとして受け止める事こそが、ご先祖への供養であり、次の歴史を歩む私たちの希望への道だと。
私はそう思います…。

この映画に感動された皆さんの気持ちを、此処で拝見してよく判る事ができました。
人が窮地に立ったの中で、父として家庭を守る事。小さな子供という存在を前に親として何が出来るか。ここまで忍耐強く子供を守り通す親としての勤めとは…、それがこの映画の主眼なのですね。
確かに、私はこの作品を戦争映画というカテゴリーにして観ているからこの様に感じてしまうのだろうなぁ…、と。
私がどうしても危惧している点は、現実を理想の目で語った時、本当にそれが可能かはやはり親としてそれを実践できてこそだと思って。本当にそれが言える人とは、既に人生の全ての荒波を乗り越えた人にこそ赦される様に感じて。
そう考えると、自分を含めて多くの人間は、そこまで出来ないものだと思うのです。
あの暴力の応酬の時代にあって、一人の人間が出来る限界というものがある。
夢や理想は私だって本当は語りたい、でも、それが出来るほど私は…、きっと強くない。
例えば、自分の大切な人が大勢に暴力を振るわれている瞬間に出会ったとき、私はきっと、、逃げてしまうに違いない。
そうです。自分がきっと出来ないだろうと、、、すでに今までの自分では出来なかった事なのです。

そう、自分に嘘はつきたくないので、やはりこういう文にしかなりませんでした。

ちなみに、チャップリンの「独裁者」は、まさに戦時中に作られた作品ですが、あの時代の中であそこまでやってのけた彼は本物。命懸けで喜劇を作った、使命として映画を撮った人。
私はどうしても、この映画を今でも撮る資格があるのはチャップリンしかいない、と思ってしまいます。
ごめんね、頑固ですね。

cha********さん

2007/1/800:36:16

この映画は史実を伝えるドキュメンタリータイプの映画ではなく
多分ファンタジー映画なので
製作者の側も現実ばなれには目をつむって
おとぎ話のような脚色をしたのだと思います。

質問者さんのおっしゃるとおり、思い入れの深い人には
あまりの現実ばなれに受け入れがたいかもしれないですね。
私はこの映画は戦争をよく知らないためか、
ファンタジーと受け止められたので平気でしたが、
司法に思い入れがあるので、「ショーシャンクの空に」が
無実なのになぜ裁判しない?って違和感を感じます。
おかげでいい映画だとは思うけれど好きではありません

私はこの映画のおとぎ話のところが大好きですよ。
伏線がうまくきいているところなんかも面白いと思いました。
けれど「ここで泣いて下さい」映画は苦手ですね~

私は主演が監督脚本をかねていることよりも
奥さんをヒロインに持ってきたことのほうが嫌でした。
なんでおばさんを・・・

kir********さん

編集あり2007/1/723:42:20

この映画は、あの救いようのない悲惨なホロコーストにおいて、人間がいかに逞しく
前向きに、夢を持って生きようとしていたのかを“イタリアのチャップリン”と称されるロベルト・ベニーニ監督が
コメディタッチで描いたもので、あの時代の悲壮な思い出を蘇らせ「アレはイカン!ケシカラン!」
という思いだけを伝える映画ではないと思います。

父親の対応は・・・ただ子供に恐怖心を植え付ける事だけが子育てではないと、
あれは「子供の心」を守る為の行為であったのだと、私は解釈しましたが・・・・。
「火垂るの墓」の節子のように、子供に大人の事情は理解できないし、ただ怖いという恐怖心しか残せないとも思えますから。
親の心にも「希望」や「夢」や「ユーモアのある親子関係」を思い起こさせるものだと思っていましたが
色んな受け取り方があってイイと思います。子育てはそれぞれですからね。
まぁ、コレが正解って答えがあるものでもありませんし、ああいう父親も素敵じゃないですか。

チャップリンの映画を何本か観たことのある方ならわかると思うのですが
悲壮感だけが漂うようなテーマ(戦争や難病)において、いかにユーモアを交えて
哀愁が漂いつつも前向きな印象を与えるか、というのが記録映画でない「映画」を作る醍醐味だと・・・・・・思います。

この作品は・・・・・嫌いではないですが、こういうせつないテーマは苦手です。

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