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カトリック教会は昔は信者に聖書を読ませていなかったんですよね?

ストーリーテラーさん

2013/3/2609:55:07

カトリック教会は昔は信者に聖書を読ませていなかったんですよね?

補足聖書を読まない司祭(笑)仕事してないようなもんじゃん・・・

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ベストアンサーに選ばれた回答

2013/3/2715:12:33

カトリック教会の「ミサ」は本来「聖餐式」を意味する言葉です。カトリック教会のミサの中心は聖体拝領であり、聖体を通じた信者とキリストの一致がとても重んじられていたわけです。

これに対してプロテスタント教会は聖餐式をあまり重んじません。聖餐は秘蹟のひとつではありますが、聖体は「キリストの体」そのものではなく、キリストの体を象徴するパン切れやぶどう酒(ブドウジュース)に過ぎないのです。

こうした聖体に対する解釈のせいか、プロテスタント教会ではカトリック教会に比べると聖餐式の回数が少ないようです。カトリック教会は主日に限らず、平日でも司祭がミサをたてます。叙階を受けた司祭にとってミサの執行はとても大切な仕事であって、教会に信徒が誰もいなくても、司祭は黙々とミサをたてているわけです。

これに対して、プロテスタント教会の中心にあるのは、聖書に書かれている「神の御言葉」です。ですから教会の中心にある説教壇には、説教壇用の大型聖書が置かれていて、信徒席からもその存在がよく見えるようになっています。プロテスタント教会は、まさしく聖書中心なのです。

同じキリスト教でも、カトリック教会とプロテスタント教会にはこうした違いがあります。

さて信者に聖書を読ませるか否かという話ですが、かつてカトリック教会では信徒にあまり熱心に聖書を読ませなかったのは事実です。しかし読むのを禁じていたわけではありません。読む必要があまりなかったというのが実態でしょう。ミサは聖体拝領の儀式中心に進みますし、ミサはかつてラテン語で行われていましたから信徒は教会で聖書を開く必要がありません。なぜラテン語かと言うと、全世界のカトリック教会が、教会の標準語であるラテン語の典礼を通して目に見える一致を実現するためです。世界のどこに行っても、同じ日に同じ暦に従って同じラテン語のミサを行っているというのが大事だったわけです。

そんなわけで典礼はラテン語でしたが、信徒は自分で自国語の聖書を持っていて読んでいました。例えば日本だと、明治時代に何種類かの文語訳の聖書が完成していますし(ラゲ訳など)、戦後にはバルバロ神父による口語訳も完成しています。バルバロ訳は今でも購入して読むことができますが、現在は新共同訳が使われています。現状で言えば、カトリックでもプロテスタントでも熱心に聖書を読む人は読むし、読まない人はまったく読まないという同じような状態になっていると思います。

ところで「昔は」という昔がどのぐらい昔のことなのかはよくわかりませんが、一般信徒があまり熱心に聖書を読んでいたわけではない(読めたわけではない)のはカトリックもプロテスタントも同じです。プロテスタント教会はルターが早々にドイツ語訳聖書を作ったことから、一般信徒でも熱心に聖書を読むように思われていますが、これは大きな誤解です。

聖書というのは今でもそれなりに値段の張る物ですが(日本語訳聖書だと旧約新約合本になっていて5千円ぐらい)、かつては物価水準で今の何倍も何十倍もするような高価なものでした。ルター時代の活版印刷は我々の知っている印刷物というより、むしろ版画に近いようなものです。一度に刷れる数は数十部。何百部も刷ればベストセラーです。有名なグーテンベルク聖書は、全部で180部しか印刷されていません。印刷物と言うより、美術工芸品みたいなものなのです。当然ですが値段はとても高価なものになりますが、それでも肉筆写本よりは安いのでこうした印刷聖書は売れたわけです。

宗教改革の時代になると印刷聖書の値段はだいぶ下がって部数も多くなるはずですが、印刷物はやはり今よりずっと高価なものでした。まず紙が高かったのです。そして大量に高速印刷する技術もなくて、印刷は例によって版画の延長にありました。こうした時代にはそもそも読むものの数が限られていますから、一般庶民は字を読む能力を持たない文盲が当たり前です。これは別に恥でも何でもありません。読むものがないのですから、字なんて覚えても意味がなかったわけです。字が読めたのは一部のお金持ちだけです。

ヨーロッパでは19世紀の初頭までこうした状態が続いていました。つまりカトリックだろうとプロテスタントだろうと、誰も聖書なんて読んでいなかったのです。読んでいたのは一部のお金持ちだけです。聖書が一般庶民にまで浸透して行くのは、19世紀に木材パルプからの製紙技術が確立して紙が安くなったことと、輪転機が発明されて大量印刷が可能になってからです。また近代化によって国民の教育水準が上がり、識字率は大幅に上昇していきます。これでようやく、誰でも聖書を読める時代になったわけです。19世紀半ば以降は聖書の値段も庶民に手の届くものになり、最初は各家庭に1冊、やがて信徒1人に1冊というように広まっていきます。

誰もが聖書を読める、本当の意味での「聖書中心主義のプロテスタント教会」が登場するのは19世紀後半でしょう。キリスト教の長い歴史の中では、ほんのつい最近のことです。それ以前は聖書は一般信徒にとって遠い存在であり、カトリック教会ならミサの典礼が重視され、プロテスタント教会なら牧師の説教が重視されていたのだと思います。

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Castellaさん

編集あり2013/3/2900:17:41

カトリックに限らず、読ませていなかったというか、読ませられなかったんでしょうね。昔(中世~近代)は聖書は一般人が読める代物ではありませんでした。

まず、値段が高価であること。
聖書が紙に印刷されるようになるまでは、全て羊皮紙が使用されていました。聖書1冊を作るのに羊500頭ほどが必要だったようです。大量の羊の皮が必要なだけでなく、羊皮紙を作るのには非常に手間もかかりました。文章はもちろん手書きで書き写されたものです。それに合わせて値段も非常に高くなりますから、庶民には到底手が出ません。

あと、言語の問題です。昔ですから教育を受けている人以外は文字が読めません。もし、文字が読めても、当時の聖書はラテン語翻訳が中心でしたので、ラテン語の教養がない庶民は仮に聖書が手に入ったとしても理解できません。

時代が進んで、グーデンベルグの活版印刷聖書が登場してきます。しかし、値段は高いままで、現在の日本円にして、羊皮紙版は一冊1000万円ほど、紙版でも一冊400万円ほどはしたようです。

グーデンベルグから少し経つと、ようやく庶民でも手が届きそうな聖書が登場します。1522年に出版されたルター訳の聖書です。原語はドイツ語で庶民でも理解することができました。値段としては、現代に例えるなら高級電化製品を買うような感覚だったようです。1533年には、10家庭につき1家庭ほどがルター訳聖書を所有していました。

カトリックでは、司祭の説教とミサなどの秘跡が信徒の信仰生活の糧でした。十字軍や免罪符問題などは、やはり民衆が聖書を読めなかったことにも原因があるかもしれませんね。

このように聖書が一般民衆に身近になったのは長い歴史の目で見れば最近のことです。

ちなみに現在では聖書は2500以上の言語に翻訳され、世界で普及が進められています。日本では、日本聖書協会の新共同訳聖書を例にとるならば、中型サイズのものが1冊4515円、小型サイズが3150円で入手できます。ギデオン協会などは聖書の寄贈の活動をしていますので、場合によっては無料で入手できることもあります。

kuj********さん

2013/3/2716:39:59

「プロテスタント聖書」を読ませなかったということでしょ。

カトリックでも昔からラテン語訳聖書から英仏独諸語に翻訳
された聖書が出版されていた。

それに今でもそうだけど、ヨーロッパのカトリック系の
学校では中学校から日本人が漢文や古文を勉強するように
ラテン語といった古典語を勉強させられる。だから信者の
中にはラテン語訳聖書を直接読んでいた者もいた。

信者が読み込んだ聖書を見たことがあるよ。
もしかしたら聖書図書館で見れるかもね。

mit********さん

2013/3/2622:01:51

識字率が低かったってのもあるんじゃないかな。

編集あり2013/3/2709:30:33

聖書を全部教えるのではなく要点のみです。
ある司祭は「もう最近ほとんど聖書を読んだことがない」とか言ってましたね。
まあ聖書を読むことが仕事ではありません。聖書から救い主イエスを見つけることが仕事ですね。
だからクリスチャンになって聖書全部知る必要はありません。

ris********さん

編集あり2013/3/2712:25:48

というか、昔の書物って手書きですから、えらいコストがかかりますよ。写字生の報酬は一行いくら、字のうまい職人なら倍、みたいな相場です。聖書は全部で何行あったでしょう。

しかも、やっとページを書き終えたかと思ったらミスった!なんて場合は、基本的にそのページは全部書き直しです(まあ、さすがにケースバイケースでしたけどね)。全てを書き写し終えた写字生は巻末に謝辞を書く習慣がありましたが、その喜びようと言ったら涙なしでは読めませんぜ。そもそも、中世ヨーロッパって小寒期で夏でも肌寒かったと言われていますし。

そんなんなので、聖書を読める場所自体がものすごく限られていたわけですよ。グーテンベルグが活版印刷を発明し、聖書を安いコストで入手できるようになったというのは、歴史的に極めて大きな意義を持ってるですよ。プロテスタント運動の始まりも、ちょうどその時期と重なりますよね。


【追記】ん? いつの話をしてるのだろ……。中世のローマ・カトリックの司祭になるには(ケースバイケースではありますが)聖書の中の何巻かは丸暗記しなければなりませんでしたが。その他にも典礼書なども覚えなければなりませんし。

ひょっとして、戦後のバチカン公会議で、「聖書研究」は聖職者のみならず信者の義務でもある、と決議されたことと混同していませんか。

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