ここから本文です

仏教用語について質問です。 物事は2つに別れているが、その2つの中心に立って...

ten********さん

2013/5/3113:19:13

仏教用語について質問です。
物事は2つに別れているが、その2つの中心に立って2つの物事を見る事が出来る事をなんといいますか?
ちゅうしょう でしょうか?

閲覧数:
194
回答数:
1
お礼:
500枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

her********さん

2013/5/3116:35:04

「中道」(ちゅうどう)で良いかと思います。
「中道」とは、極端な見解や実践を離れる立場または、相互に対立し矛盾する2つの極端な概念に偏らない立場・実践や認識のあり方を言い仏教哲学の基本的立場とされています。
苦楽
有無
断常
等の対立概念のどちらにも偏らない事を言います。

ブッダ(釈迦)が何不自由のない宮廷や王子という立場(楽)を捨て、6年に渡る苦行(苦)も悟りを得る事が出来ないとして捨てた。
両極端に偏らず、中道に基づいた修行から悟りを得た事がその立場の正しさを象徴するものです。

“川を流れる丸太”の喩えがよく表しています。
パーリ語経典相応部のある経典では、釈迦が中道をガンガー河に流れる丸太に例えて説いている。
そこでは、釈迦が丸太を比丘(出家修行者)に例え、その流れる丸太が
こちらの岸に流れつかず (六根(六内処)に囚われることなく)
向こう岸に流れつかず (六境(六外処)に囚われることなく)
中流で沈みもせず (悦楽・欲望に囚われることなく)
中州に打ち上げられもせず (自我の妄執に囚われることなく)
人によって持ち去られもせず (社会性・人間関係(付き合い・同情)に囚われることなく)
人でないもの(鬼神)によって持ち去られもせず (神秘主義に囚われることなく)
渦に巻かれることもなく (五感による欲望にまきこまれることなく)
内部から腐敗していくこともない (偽り・欺瞞を隠して生きることがない)
ならば、海(悟り、涅槃)へと到達するであろうと説かれる。
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ~wikipediaより~

詳細説明は以下URLをご参照下さい。
http://www.j-theravada.net/dhamma/hou-no-takara1.html


以上、ご参考まで。

質問した人からのコメント

2013/6/1 18:11:07

成功 回答ありがとうございます(^-^)

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる