ここから本文です

戦艦大和の燃料

art********さん

2007/2/2708:06:38

戦艦大和の燃料

大和が沖縄へ向かうとき、たしか一般的には燃料は片道分しかつんでなかったっといわれているようですが、実際は現場の判断でひそかにフルにつんでいたというひともおり、実のところどうだったんでしょうか?

閲覧数:
7,250
回答数:
5
お礼:
25枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

biy********さん

編集あり2007/2/2720:02:29

戦艦大和の航続距離と重油搭載量
戦艦大和の航続距離は16ノットで7,200浬(13,300Km)とあり、基準排水量は65,000トン・公試排水量は69、100トンです。
この公試状態は戦場に到達した状態を仮定したもので、この時点での燃料は三分の一が消費され残り三分の一ずつが作戦戦闘時の消費と、出撃した母港に帰る燃料として残っている状態で計算されています。
大和等の第ニ艦隊が沖縄出撃に際しての燃料については「片道」とよく表現されていますが、この実際は公試状態での戦場への往復燃料が半分消費され残りの片道分と戦闘行動時の燃料の合算された量での出撃であり、戦艦大和の燃料タンクは6、300トンですが公試状態は4,200トンであり、この約4,000トンを徳山で補給しています。
(燃料廠の重油備蓄に詳しい某参謀が、徳山の重油で帳簿上の重油と帳簿外の重油を集めて約4,000トンを大和に搭載されたと認識しています)
また駆逐艦「雪風」の砲術長であった田口康生氏は著述書の中で、重油が少ないので駆逐艦には、大連から運んで来た「大豆油」を一部搭載して出撃した。大豆油は馬力が二割がた低下するが30ノット以上は出せ、大和直衛には支障が無いと機関長が述べたので「ハトと一緒ダナー」と言って笑ったとの記述があります。
出撃した10隻の艦船は公試状態分に近い重油を搭載して沖縄に向かったと想います(公試での往復分ではなくて片道分)

なお、艦船の重油消費量は艦の速度で違い、速力が2倍になれば燃料は4倍消費される(二乗に比例する)ので戦艦大和が13~14ノットで400浬航行するのに消費される重油量(約300トン)で最大速度27ノットで走れば100浬しか航行できません。
このことは、速度により航行距離が変化するので「片道」が何浬を指すのかは判らないと思います。
また、航続距離7、200浬の戦艦大和では公試状態では2,400海里(4、445Km)航行した状態ですが、徳山湾から佐多岬までを大和は22ノットほどで約10時間航行し、大隅海峡からは16ノットでの警戒航行で約8時間走った時点(午前10時14分)から敵機が接近し、12時30分頃から空襲に遭います。
沈没する午後2時23分頃までは24ノット~25ノットで戦闘行動を行なっていますので、ここまでの航走距離は概算で500浬未満であり、公試での2,400浬には及びません。
ここから沖縄まで約200浬ですから徳山湾から沖縄本島までは700浬(1、300Km)程の航行距離です。
戦艦大和もその他の艦船も航行することに関して、やっと沖縄にたどり着けるだけの燃料搭載ではなく、作戦中止命令で佐世保に4隻の駆逐艦が帰投しますが、これらの駆逐艦もやっと佐世保に帰ったのではなく無理なく帰投していますので、第ニ艦隊の艦船は燃料満載ではありませんが公試状態で示された量か、それに近い燃料搭載で出撃したと考えています。
また、軽巡矢矧の航続距離は18ノットで6,000浬であり、駆逐艦は秋月型の18ノットで8,000浬から5,000浬までの航続距離を持っていましたから700浬ほどの距離に苦心することはなかったと思います。

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜4件/4件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

apo********さん

2007/2/2709:44:53

かんたんに考えると、
『片道』に必要な燃料計算は不可能である。
というのは、アメリカ軍の偵察機を避けるために、遠回りしなければならない。
また、戦闘行動の際は、全力で航行するから、燃料消費が莫大になる。
これによって、どのくらいの燃料が必要かは計算できない。
また、仮に沖縄にたどり着いて座礁して砲台となるという計画なら、砲撃のために電気が必要だ。
この電気は、燃料によって発電される。
だから、燃料は大目に必要なのである。

だから、満載していたというのが正しい。

加えて、神風特攻機も『片道燃料』というのも、上記の理由によって、ウソと判明する。

del********さん

編集あり2007/2/2713:03:05

満載ではなかったようですが、片道というわけではなかったようです。

実際、片道燃料では到達までの戦闘速力の維持、また座礁する地点を探し回ることすら難しいでしょうから。



http://miraikoro.3.pro.tok2.com/study/mekarauroko/BattleShip_Yamato...




回答番号: 35,311,342の方と回答番号: 35,310,163の方、

それはあなた方の想像ですか?
できれば根拠を提示していただけないでしょうか?
せめて参考URLでも示して下さい。反論のしようがありません。

特攻隊の燃料については、満載であったと思われ、疑いの余地はありません。
大和の燃料については資料が残ってますから、参考にしてください。
満載6500トンのところ、4000トン(約63%およそ3往復分)が搭載されたようです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%94%BB%E6%92%83%E...

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C_%28%E6%88%A6%E8%89%...


元連合艦隊参謀海軍大佐小林儀作氏の手記
http://www.biwa.ne.jp/~yamato/yamato.htm

dhv********さん

2007/2/2708:33:17

「片道」「満載」両説あるようですが、参考アドレスは詳しく「満載」説をとっています。
かなり詳しく長いレポートですが一読の価値はあるかと思います。
http://miraikoro.3.pro.tok2.com/study/mekarauroko/BattleShip_Yamato...

idf********さん

2007/2/2708:11:11

実のところは・・・。
やはり片道分しか燃料は積んでいなかったのです。
当時の制空権・制海権の状況を考えて、例え往復の燃料を積んでいても、日本本土に寄港できるとは・・・考えていませんでしたから!!

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる