ここから本文です

メロディーの組み合わせの限界説をよく聞きます。古今東西の作曲家が曲のアイデア...

mis********さん

2013/8/1809:22:11

メロディーの組み合わせの限界説をよく聞きます。古今東西の作曲家が曲のアイデアをほぼ出し尽くしていて、もう斬新なメロディーは出てこないのでは?ということです。皆様のご見解をお願いします。・・・個人的には

まだ発掘されていないメロディーはたくさんあるのでは、と思っています。根拠として、もしショパンやリスト、ユーミン、八神純子などがこの世に生を受けていなかったとして、その後の作曲家がショパンのノクターンやエチュード、ワルツ、リストのパガニーニによる大練習曲、ユーミンの守ってあげたい、八神純子の水色の雨、想い出のスクリーンなどとほぼ同じ曲をフォローできていたかどうか・・・大いに疑問だからです。それとも、ショパンなどは、ただの『早い者勝ち』だっただけで、もしショパンらが生まれていなかったとしても、ちゃんと後の作曲家が同じ着想の曲を作り上げていたはず・・と考えられるでしょうか?

閲覧数:
5,672
回答数:
6
お礼:
25枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

fox********さん

編集あり2013/8/1820:21:02

音の組み合わせ、長短、リズムその他の音楽要素の順列組合せは理論上、無限と言ってよいほどあります。プロコフィエフは「音楽組み合わせ限界説」の質問に対して、「音の組み合わせは無限にある」との回答をしました。あれほどの天才が無限にあるという言明にはそれなりの体験に基づく見識が感じられます。
しかしながら、音の組み合わせを無作為に、例えばコンピューターで作った場合にそのどれほどを我々は「音楽」として感じ取るのでしょうか。おそらく99%は非音楽的と感じ取り、たまたま音楽的なものが偶然出来上がったとしても、そのような偶然が1曲分に相当する数十分の間続くとは思えませんね。また偶然出来上がった音楽的パッセージであっても、それを構成して音楽として聴ける状態にするには人間による作為が無いとほぼ不可能でしょう。そう考えると、無限の組み合わせのうち、音楽として使えるものはさらに1%よりも少ないのかも知れません。さらに和声学の制約などを導入すると常に人的作為が無いと続かない。
一方で、我々が音楽と感じる領域とは何なのか?という疑問も生じます。中には非音楽的組み合わせであっても、音楽として感じ取る、感じ取りたいという特殊能力?の持ち主もおられまして、十二音音列などのセリーその他の手法を考案した前衛音楽はそのような無限の領域を創作のベースとして「新たな地平」に漕ぎ出し、音楽にはバラ色の未来がそこにあると関係者は期待を膨らませました。シェーンベルク以降、膨大な数の作曲者が音楽の「無限の宇宙」目指してさまざまな手法を試行錯誤しました。そのうちのあるものは一定の評価を得たり、BGMとして実用化したり、音楽界に影響を与えたりしましたが、一方で膨大な量の音楽のゴミの山が作られました。99%の「非音楽領域」を相手にしたのですから、当然の結果と思えます。結果的には、普通の感覚からは「非音楽的」と感じられる前衛音楽の領域には賛同者が増えず、逆に「聴衆を置き去りにした」という批判が高まって今に至っています。
一方、具体的にはここで挙げませんが、昨今のヒットしたポップスや映画音楽にはどこかで聴いたようなものが逆にヒットしている現象が見受けられます。ヒットの条件として、「既存のものをなぞる」という手法が裏技として存在しているかのようにも見えます。
某作曲家は少しの類似性をやり玉に挙げて訴訟まで起こしました。しかしこのようなものを簡単に「盗作」呼ばわりするのも、公共の利益の上からは如何なものか。著作権上も例えば「〇音符までは許容される」など、ある程度同一性の緩和をしないと訴訟が増え続けるのではないかとも危惧されます。
ここまで言うと、「組み合わせ限界説」に傾いているようですが、二十世紀後半から二十一世紀にかけても注目すべき作品が数多く生み出されており、特にクラシックの場合にはそれが一般に知られていないだけ、という要素が強いと思います。そういう意味では、まだまだ限界は訪れていないのではないかというのが小生の見方です。
先に触れたプロコフィエフは、最晩年になって「わかりやすいが、新鮮で現代的」という領域に踏み出し、交響曲第7番を作曲しましたが、発表直後は前衛を志向していた作曲界からは「保守的」とのレッテルを貼られました。
プロコフィエフ 交響曲第7番
https://www.youtube.com/watch?v=o4I11vnZjn0
しかしながら、その後の作曲界の大勢は前衛に向かって突き進み、結局は袋小路に突き当たっています。その一方で、「わかりやすいが、新鮮で現代的」という方向性は置き忘れられ、最近になって吉松隆氏などによって再度提唱されている。
↓この作品は現代のクラシック音楽ですが、新奇な手法は全く使われていない普通の調性音楽です。しかしながら全く独自の世界をそこで展開しており、この作品を評価するしないにかかわらず、その独自性は否定できません。この例を見てもオーソドックスな調性音楽でもまだやることはたくさん残っている、と考えさせられる例です。
ペイコ 交響曲第4番
https://www.youtube.com/watch?v=Lx7RpzDWI0Y
また、↓この作品はより晦渋ですが、聴けば聴くほど新たな音楽的発見が見出せる極めて内容豊富な作品です。創意次第で豊かな音楽は創り出せるという一例と思います。
ボリス・チャイコフスキー チェロ協奏曲
https://www.youtube.com/watch?v=k65DMmFkgKw (続きあり。妙な貼付け画像は無視してください。)
私自身は希望も込めて「組み合わせ限界説」には否定的というのが結論です。

質問した人からのコメント

2013/8/25 08:23:10

あえて、希望的観測で詳説を述べてくださった方をBAとさせていただきます。皆様、ありがとうございました。・・・しかし、もし例えば1万年後に人類がまだ存在するとして、20世紀付近の音楽は、新鮮なメロディーの宝庫として特筆される時代であったといわれることは確実でしょうね。

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/5件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

kik********さん

2013/8/2011:54:24

音楽は、言うまでもなく人の感覚に訴えかけるものですから、その新鮮さや斬新さといったものもいつか賞味期限がやって来てしまいます。とくに現代は、メディアの発達が著しいので、何か目新しい物事が生じると瞬く間に世界中の人々の知ることになってしまいます。そうなると私たちの感覚も麻痺しがちで、不謹慎な物言いを許していただくと、どのような大災害や大事故が起きてもそのときは熱心になりますが、やがてすぐサチュレイトしてしまって、はい、お次のニュースということになりがちです。
18、9世紀のクラシック音楽の作曲家たちも、特定のパラダイムの中で、あるいはそのパラダイムに乗っかって創作活動をおこなって来ましたが、また創作の欲求が高まれば高まるほどそのパラダイムはサチュレイト状態となり限界を迎える、と言うかそのパラダイムを乗り越えよう、壊そうと考える人々が現れて来ます。この頃の最初の方ではベートーヴェンが、後半ではリストなどが有名ですね。
何事によらずパラダイムというのはある意味便利ですが、先の欲求が高じてくると足枷にもなってしまいます。ロマン派の作曲家たちは、文学を一つの取っ掛かりとして人間の精神的な部分を音楽で、あるいは音楽と強く結びつけて創作表現しようと考えたようですが、それが段々と既存のパラダイムへの「非執着」へとつながります。
その先が無調性音楽や十二音技法による音楽の到来となるわけですが、それが結果的にその後の音楽史にどれくらい貢献したかとか、汎用されたかということよりも、私には、音楽がこの時代の作曲家たちから更なる欲求、つまりそれまでの枠組みに当てはめて拵えるという創作方法から、いま正に作曲家の頭の中に浮かんだ音その物を音楽として再現(表現)したいという欲求に変わってきたのだと思うのです。ですから、シェーンベルクらのおこなったことは、失敗ではなく通過点だと考えます。
楽曲はメロディだけで出来ているのでないのは言うまでもありませんが、単純に音の配列・組み合わせによる特定の規模を持ったパターンと考えるより、楽曲の構成から見てその音楽を有機的に動かす素材として扱う、こう言うと結局ベートーヴェンやヴァークナーにまた舞い戻ってくるハメになってしまいますが、そういうことの方にいまの私たちはかえって慣れてしまっていると思います。もちろん昨今歌える歌が少なくなったということも耳にしますが、同時に十数秒のTVコマーシャル用の音楽に私たちは飼いならされ過ぎているようにも思います。

プロフィール画像

カテゴリマスター

CYCLISTTAKさん

2013/8/1920:39:58

私は現代は世界の作曲家が作曲の創造的アイデアを出し尽くしつつある危機的な状況だと思います。それもクラシックや現代音楽に限らずジャズやロックやポップスや映画音楽の世界も同様です。

ショパンやリストの生きていた時代には、彼らと同じようなメロディやリズムでピアノ曲を書いていた作曲家が数百人はいただろうとという説があります。それから考えると、もしショパンやリストが生まれていなかったとしても、彼らの同時代には彼らと同じような着想の曲(個性が異なるので全く同じとはいかないが)を書いた「第二のショパン」や「別のリスト」が現れていた可能性は高いと思います。

単純な「組み合わせ論」や「確率論」的な発想からみれば、まだまだ発掘されていないメロディがあるだろうと考えがちですが、現実はそれほど甘くないのではないでしょうか。私は音楽の世界で斬新なアイデアが枯渇してきている状態だと思います。

過去60~70年にわたる録音・録画とその再生技術、それにコンピューターの著しい進歩がその一番の原因だと思います。我々はそれらの技術のお蔭でいま音楽を「いつでも好きな時に好きな場所で安価で簡単に」聴くことができます。それも同じ曲を何度でも。(録音技術のない時代には同じ音楽を何度も繰り返し聴くという楽しみは王侯貴族以外考えられなかった)

その結果何が起きたか。我々は「耳が肥えてすぎてしまった」。「耳がメタボ状態」になってしまったのです。料理研究家(作曲家)が如何に新しい料理を考え出しても、過去に似た料理(曲)があれば誰もそれに手を付けようとは思わない。また同じ料理を様々なコック(演奏家)がちょっと違う味付けをしてもすぐ飽きてしまう状態。斬新な音楽に対する渇望が増えるのとは逆に斬新な音楽を生み出すことがますます難しくなってしまいました。

そんなメタボ状態の消費者(視聴者)がいくら「斬新な曲を作れ!」と言っても作曲家を追い込むばかり。作っても斬新でないと言われる、作っても似たような曲ばかり、作ってもすぐに飽きられてしまう、作っても金にならない、これじゃ誰も作らないと思います。テレビを見ているとポップス番組も過去の曲ばかり取り上げてお茶を濁していますね。みんな同じく危機的状況です。

egb********さん

2013/8/1815:53:06

しろーとなんで、わかりませんが、ショパンとか、ドビッシーとか好きですけどね、天才だなあって思いますよ。で、どちらも、民族とか、自然とか、文化や、物の感じ方や、時間の流れ方を、なんとなく感じさせてくれますよね。あの時代を逃していたら、存在しなかったと思います。

今の時代、作曲家が食べていくには、多くの人が繫がっている産業のために作らないといけない。ゲームのBGM、コマーシャルソング映画音楽など、大衆を意識ししないといけません。ショパンが、生きていたとしても、そういうことしているでしょうね。

今、音楽を使って、ヨーロッパで若者の社交界の花形になるためには、ピアノを奏でるのではなく、コンピューターでテクノつくることなので、ショパンも、そうしていたでしょうね。アイデアの達人なので、それなりに成功していたでしょう。

クラッシクの分野で斬新なものを作るのは、出尽くした感じがありますね。実験音楽みたいなつまらないものがでてきてしまったでしょ。ごめんなさい。

fgn********さん

2013/8/1811:09:50

>メロディーの組み合わせの限界説をよく聞きます。

よく聞きますか?そんなことは、自分の才能の無さを棚に上げて、大した努力もせずに、作曲家を気取っている、作曲家もどき連中や、その信奉者たちが言いそうですね。自分の能力の限界を、メロディーの組み合わせの限界にすり替えているだけです。

そのはしりがシェーンベルクであり、過去の偉大な先輩作曲家たちに適わないことを悟るや否や、12音技法という、一見有り難そうだが全く中身の無い理論を立ち上げ、その後の20世紀の大多数の凡庸な作曲家もどき連中はそれに乗っかってしまっただけでしょう。

仮に理論上、組み合わせに限界があったとしても、人類がそれに行き着くことは永遠に無いでしょう。

sas********さん

2013/8/1809:38:11

正直、出尽くした感はやはり否めないと思います。
日本国内のポップス一つとってみても、ここ10年間に発表された楽曲で更に10年後まで残っている楽曲が果たして幾つあるでしょうか。
演奏やアレンジの技術や選択肢は増えたと思いますが、問題の中身の空洞化が進んでいるのを感じます。
どこかで聴いたようなメロディーと使いまわしの歌詞ではやはり感動はないですよね‥。
ここ数年、ヒットチャート上位をアイドルとカバーアルバムが占めている現状はまさにこの問いに対する実質的な答えではないでしょうか?
CDが売れない配信中心の音楽市場がミュージシャンの可能性を狭めてしまっていることも大きな要因ではないでしょうか。

あわせて知りたい

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる