ここから本文です

北朝鮮では人肉を食べるケースがあるんだそうですが・・

kum********さん

2007/4/222:44:01

北朝鮮では人肉を食べるケースがあるんだそうですが・・

北朝鮮では、人肉を食べるといったケースがあるんだそうです。
テレビのワイドショーで以前やっていました。
北朝鮮では1990年頃から食料難があります。

閲覧数:
8,551
回答数:
4

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

apo********さん

編集あり2007/4/315:09:28

カン=ヒョク『北朝鮮の子供たち』(文春文庫)
に人肉食の話が出ている。あまりにおぞましいので、ここに載せることはできない。

以下一部、
カン=ヒョクの祖父母は、朝鮮戦争の戦火を逃れて日本に移住した在日朝鮮人。その後、祖国建設の希望に燃えて、朝鮮総連(注1)が呼びかけた「帰国事業」に加わり、1960年に新潟から船で北朝鮮へ。中国国境の町・隠城オンソンに入植します。しかし、「地上の楽園」という宣伝とはかけ離れた生活に、祖父母は後悔を始めます。



(注2)朝鮮総連:在日本朝鮮人総連合会。北朝鮮を支持する在日朝鮮人の団体で、1955年に創立。事実上、日本における北朝鮮の代表部の役割を果たし、在日朝鮮人を北朝鮮へ労働力として送り込む「帰国事業」を推進、約10万人を「地上の楽園」へ送った。彼らは日本へ帰ることを許されず、今日にいたる。

なお、韓国を支持する在日朝鮮人の団体は、大韓民国居留民団(略称、民団)という。在日朝鮮人60万人のうち、かつては総連系が50万人(うち10万人が帰国)、民団系が10万人だったが、近年、総連から民団へ移籍する人が後をたたず、現在では総連系は10%程度にまで落ち込んでいる。



「日本ではあんなにいい生活をしていたのに…」、祖父はいつもそう言っていた。出発のとき、「向こうで必要なものはすべて」用意されているから何も持っていかないよう朝鮮総連に指示されていただけに、悔いは大きかった。現実には北朝鮮には何もなかったのだ。幸い、祖母は、わずかとはいえ食器や鍋を持参していた。隠城で手に入る家庭用品の質はとにかく悪かったので、1960年に日本からもってきたこの貴重な品々を、ぼくらはずっと使い続けた。本当に、国を出るそのときまで使っていた!」(P.36)



家族の中で一番恨みを募らせていたのは祖父だった。何度も、何度も、「だまされた」と言っていた。もちろん、家族以外の人間に聞かれないように気をつけながらだ。祖母のほうは、なんとか夫をだまらせようと必死だった。「やめてちょうだい!そんなこと言うもんじゃない!家中が労働収容所で死ぬことになるじゃないの!私たちや、こどもたちのことも考えてくださいよ!」。祖父は、だまされたことがとにかく悔しくてたまらなかった・・・。夜、横になると、誰にもわからないように日本語で、もちろん声をひそめて、祖母にこぼしていた。…



党にとって唯一重要な意味を持つのは、それぞれの人間の有用度だ。この政治基準はすべてに適用される。…「有用度」というこの概念のせいで、障害者たちの運命はひどくつらいものになっている。都会に住むことを禁じられ、多くは生まれてすぐに追い出される。ほぼ全員が農村に住んでいるといっていいだろう。身体か精神に障害がある者、目や耳が不自由な者はすべてその家族が世話をする。専門の施設が存在しないからだ。彼らは社会に不要な、人間以下の存在と見なされていて、道を歩いていても誰からも声をかけられない。そうした軽蔑的な態度は、彼らを社会階層の底辺に位置づけるプロパガンダの産物で、どこでも見られるごく普通のことだった。…

十歳だったあるとき、自分のつけていたバッジをまねて、ついうっかり金日成の似顔絵を描いてしまった。隣の子がすぐさま告げ口した。立ち上がると、軍隊で使われるような口調でこう叫んだのだ。「先生!最愛の偉大なる首領様をヒョクが侮辱しています!」。ぼくは突然、獰猛な魚でいっぱいの池に放り込まれた金魚になったような気がした。教師はぼくを教室のまんなかに立たせると、たっぷり5分間、それまでぼくが体験したことがないほど強く、体中を棍棒でたたいた。「私たちの偉大な首領様を絵に描くなんて、よくもそんなことが!この反動分子!銃殺されても当然なんだよ!おまえのようなつまらない子でも、そのくらいわかっていなければならないというのに!」、教師はまるでヒステリーを起こしたかのように叫んだ。それからぼくは、その日の授業がおわるまで、教室の隅でひざまずいていなければならなかった。(P.76~77)



金親子の誕生日に花を用意できなかったこどもには、体罰が待っていた。宿題をしてこなかったときにも体罰と決められていた。宿題の場合、棍棒で10発ほど(時には顔まで)たたかれるか、拳で顔や腹を殴られる。罰を受けた生徒はよく鼻血を流していた。…だが、体罰のひどさに順位をつけるなら、金日成像に花をもっていかなかったときの罰は、宿題を忘れたときよりはるかに厳しかった。(P.82~83)
www.h2.dion.ne.jp/~mogiseka/article/051205n_korean_children.html


中国では、今でも人肉を食べてます。↓は、無惨な映像があるので、心臓の弱い人は見ないように。
captsato.net/blog/archives/2005/06/post_134.html

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜3件/3件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

mar********さん

2007/4/311:43:13

食糧難も、もとを言えば、「悪政権」が原因です。
中国でも、日本からODAを受ける前は、ソ連へ借金を返すために、国民の食料まで借金返済にまわして、多くの国民が餓死しました。庶民の鍋の中には幼児の腕が入っていたりしていたそうです。

人肉を食べる状況にしたのは、「政府」の責任です。

不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。

投稿内容に関する注意

xxx********さん

2007/4/300:31:31

畜生
親とも友ともない現代の真の野蛮人
1990年頃?最近じゃないの

まだ、やっとるかケシカラン。

sos********さん

2007/4/223:08:56

戦時中
日本でもあったのをご存知でしょうか?

食料難などで、犬なども食べていたそうです

日本人より

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる