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つげ義春的な世界観について、どのようなものと御理解されていますか?

sab********さん

2013/8/2809:18:57

つげ義春的な世界観について、どのようなものと御理解されていますか?

補足つげ義春と言うと、一般的には「ガロ」だと思われると思いますが、私にとっては、「ガロ」は、10年以上のブランクの後なのです。彼は貸本業界では、普通の作家でした。「影」と言う貸本に描いていました。私の好きなマンガ家だったのです。意外性のある推理漫画などを描いていました。ブランクの後で、「ガロ」に彼の漫画を見つけた時、私には衝撃でした。意味不明だったのです。それで皆さんの解釈を知りたいと思ったのです。

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ame********さん

リクエストマッチ

2013/8/2905:13:21

また難題を・・・

とりあえず雨老人という言葉は「初茸狩り」を見た際に頭にポンと浮かんだものです。

以前までは、つげ義春という漫画家は漫画の形式を取りながら実は「詩」を書いているのではないかと思っていました。漫画を読むにあたり、そこまで敷居を高くした姿勢で読む事など他には無い事なのですが、そのような姿勢を取ったところで追い着けないのが、つげ作品だと思います。(私には漫画家の意図を分析しながら読む癖があるので、そのような見方が基本スタンスになります)

詩と捉えるならば、「海辺の叙景」などは理解しやすいです。偶発的な男女の会話の一部を無造作に切り取ったような、オチも何もない作品ですが読んだ後に残る浮遊感を頼りに情緒を表現したかったのだろうかと。

パース(遠近法)を破綻させ、会話を破綻させ、漫画としての合理性を欠いても尚且つ漫画としている意味は何か・・・と考えるのは無粋だと感じながら踏み込む領域もあります。

私にとっての「ねじ式」は5ページ目の「天狗堂20貫」と、7ページ目の「背景のアホみたいな緻密さ」、この2点だけで充分です。大満足です。

「ゲンセンカン主人」では14ページ目の「火の用心」がツボです。

全体的に温泉に執着した表現は爆笑です。

・・・このように、「理解」というよりもどちらかと言えば「喰って」います。読者としての前提というものがあるとしたら、おそらく私は破綻していると思います。

質問した人からのコメント

2013/8/29 09:31:46

彼の漫画の意味を皆さんそれぞれ解釈されていられることを知りました。感謝です。

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mot********さん

2013/8/2816:13:15

横から失礼します。
つげ義春って有体に言えば社会不適合者で、サラリーマンなどは出来ない人なのでしょう。
ただ傍で言われている程、虚無的でも破滅的な人でもなく、中古カメラの販売などをしていたこともあります。要は人に煩わされたくない自由人でそこに表現者特有の鬱というものが付随していたのだと思います。「ねじ式」が有名ですがあれは寧ろ異色作でもっと生活感の濃い「無能の人」や旅行記などが面白いでしょう。
世界観で言えばもちろん厭世感もありますが絶望的ではなく、社会的弱者への共感もあり、底辺で生きる人間への「裏人間賛歌」的な部分が大きいと私は感じております。

gol********さん

2013/8/2815:29:56

僕は、適当に酔っ払って描いたら、いいように世間が評価したと思っています。
『なんとなくクリスタル』と同じですね(*゚ー゚*)

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