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笹川良一氏は、中国でアヘンを販売して財を築いたのでしょうか?

rit********さん

2013/11/2820:17:06

笹川良一氏は、中国でアヘンを販売して財を築いたのでしょうか?

大阪茨木市の道祖本と言うところではケシの栽培が盛んに行われていた記録があります。
ここで生産されたケシをアヘンに加工して、中国で販売することでひと財産築いたわけでしょうか?
笹川氏は、戦後も闇の世界で大きな勢力を振るったそうですが、彼の財力の元は戦前戦中に築いたものだったのでしょうか?

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alt********さん

2013/12/217:17:48

以下、ネットから拾った記事ですが。

日本は、阿片戦争に驚き、当初は、ケシの栽培や阿片の輸入を厳禁した。しかし、すぐに、医薬品としての鎮痛・麻酔剤としてモルヒネ・ヘロインが必要となり、日本は、阿片の製造・売買や輸出入を政府の許可・専売制とした。
やがて、中国侵略に伴い、中国の阿片問題に介入していくのである。日清戦争後に台湾を領有したことで、日本は阿片中毒者対策で阿片を必要とし、ケシ栽培と阿片輸入は本格化することとなった。
大阪府三島郡福井村の二反長音蔵(にたんおさおとぞう)は、台湾で必要な阿片の殆どを輸入に頼っている貿易赤字を改善するため、内務省の後藤新平の支持で、ケシ栽培に取り組んだ。モルヒネ純度の高いケシの品種改良に成功して、大阪府・和歌山県・京都府・岡山県・福岡県の医薬品原料の商品作物として、農村の収益を高めた。

さらに、遼東半島・山東半島・満州そして上海租界地では、日本陸海軍の特務部が、治外法権の特権を利用して阿片の密売を公然と進めた。医薬品や中毒是正の目的とは無関係となり、中国人相手の阿片・麻薬販売の利益を得ることと、中国民衆の阿片中毒による弱体化が主目的となったのである。このとき陸海軍の手先として活躍したのが笹川良一、児玉誉士夫たちだ。戦後右派の黒幕となり日本を動かしていく曲者たちは阿片で莫大な財産を手中にする。自民湯なんぞ阿片の金で動いていた麻薬党なのである。

質問した人からのコメント

2013/12/5 11:44:55

ありがとうございます。

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