キリスト・クリスチャン諸君に質問

キリスト・クリスチャン諸君に質問 エホバの証人の扱いについて、彼らもアブラハム、イサク、ヤコブの神を信じているし、イエスキリストを主なる救い主と信じているので、彼らに救いはないと断言するのは、暴言ではないかなぁ?

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エホバの証人の側でも、「アブラハム、イサク、ヤコブの神を信じているし、イエスキリストを主なる救い主と信じている」カトリックの信者や、プロテスタントの信者を、ハルマゲドンで「永遠の滅びにいたる人たち」と考えています。 iesu_wa_kamiさんはプロテスタントの信者の方ということですが、エホバの証人の理解からすれば、「大患難」がくる前にプロテスタントを捨ててエホバの証人になっていないと、あなたも「救いがない」永遠に滅びる人間ということになります。 ものみの塔 2013年7月15日号- 14 大患難において偽りの組織宗教すべてが滅ぼされた後,信者だった者たちは,安全な隠れ場所を求めて逃げますが,見つかりません。(ルカ 23:30。啓 6:15‐17)そして,滅びから逃れる道はないと悟り,絶望のうちに泣き悲しみ,憤って「歯ぎしり」します。彼らはその時,イエスの予告どおり「嘆きのあまり身を打ちたたき」ます。 * ―マタ 24:30。啓 1:7。 15 四つ目は,炉の中に投げ込まれることです。雑草の束はどうなりますか。み使いたちは「それを火の燃える炉の中に投げ込みます」。(マタ 13:42)これは,完全な滅びを意味します。ですから,偽りの宗教組織の信者だった者たちは,大患難の最終部分であるハルマゲドンで滅ぼされます。―マラ 4:1。 ……… 上記の、ものみの塔 2013年7月15日号の「暴言」は、印刷物の形で正式に発表されているものです。 ちなみに、ものみの塔誌ではエホバの証人以外のクリスチャンを、「偽クリスチャン」「雑草」「やぎ」と表現します。 では、なぜ、エホバの証人は、こうした考えを抱いているのでしょうか? 彼らの聖書解釈によると、黙示録に書かれている「大いなるバビロン」とは、「偽りの宗教組織」だとされているからです。 そして、この「偽りの宗教組織」には、エホバの証人(ものみの塔聖書冊子協会)以外のすべての宗教組織が含まれています。 ……… mutrfcsw345rssさん へ ものみの塔2013年7月15日号には、こう書かれています。 「王国の音信を退け,大患難が始まる前に死んだ人たちは,復活の見込みのないやぎとみなされていました」 では、この「やぎ」は誰を指しますか? 「やぎとして裁かれた者たちは,「永遠の切断」が待ち受けていることを知って,「嘆きのあまり身を打ちたたき」ます。」 上記の引用文を読んでから、もう一度、下記の引用文を読んでみてください。 「大患難において偽りの組織宗教すべてが滅ぼされた後,信者だった者たちは,安全な隠れ場所を求めて逃げますが,見つかりません。そして,滅びから逃れる道はないと悟り,絶望のうちに泣き悲しみ,憤って「歯ぎしり」します。彼らはその時,イエスの予告どおり「嘆きのあまり身を打ちたたき」ます。」 引用文は、すべて「ものみの塔2013年7月15日号」から引用しています。 もう一度、問います。「やぎ」とは誰のことですか? ものみの塔聖書冊子協会の統治体は、「ハルマゲドンで滅びるのは、偽りの宗教団体やその崇拝方式である」と語っているのではありません。 自分たちの宗教以外の宗教を信じる人間の滅びを語っているのです。

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彼らに救いはないと断言するのは、暴言ではないかなぁ?≫間違いなく暴言です。誰に救いがあって誰に救いがないなどということは、だれにもわかりません。 どんな人間にも救いがないと言い切れるような人はいません。言えばそれは暴言です。 ヘルマンヘッセは「どんな人間の中にも十字架にかけられた一人のイエスがいる。」と語っています。

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前略 ありがとうございます。教えてもらっているところによると、エホバの証人も「最後まで耐え忍ぶ」ことを求められます。現在の終わりの日に他の人に優越感を持っている場合ではないように思います。。またそうであるのをそもそも良しとはしていません。大いなるバビロンの箇所を読むと確かに暴言のように思えるかもしれませんが、崇拝面の話です。イエス・キリストの贖いにより救われる対象は全人類です。 後「主」についてですが、エホバもイエスも「主」としているのは聖書です。「主」というのはしばしば,人や物に対する所有権や権威や力を持つ者を意味するそうです。ですからエホバやイエスだけに特定されるわけではなく聖書もそう用いている箇所があります。エフェソス4:5は「神に受け入れられる崇拝を行なうための道は幾つもあるという現代の考え方は聖書と一致しません。」を示すのに証人の出版物にはよく引用されているように思います。 さらに違いなど詳しくは別でどうぞ。 ------ seiei00rさん、「自分たちの宗教以外の宗教を信じる人間の滅びを語っている」、わかっていますよ、やぎさん。seiei00rさんの「出るように」という呼びかけは緊急感があっていいですね。ただ、「イエスキリストを主なる救い主と信じている」カトリックの信者や、プロテスタントの信者を、ハルマゲドンで「永遠の滅びにいたる人たち」と考えています。」がちょっと微妙かなと・・・。7月15日の「14 大患難において~」を引用するなら同じ7月15日の「13・・・大患難が始まるまで,人々には自分の考え方を変え,「命に至る」狭められた道を歩み始める時間が残されているのです。(マタ 7:13,14)確かに今,人々は羊あるいはやぎのような気質を示しているかもしれません。それでも,羊あるいはやぎとしての最終的な裁きは,大患難の時に行なわれることを忘れるべきではありません。ですから,王国の音信を聴いてこたえ応じる機会を,できるだけ多くの人たちに差し伸べるのは,重要なことです。」も引用してね。こっちの方がちょっとポジティブでしょ。でないと、証人は他の人を救いようがないと考えているみたいになっちゃうかなと・・・。個人的に思っただけ・・。「自分たちの宗教を信じるように」の呼びかけが「証人」に誉れや自己中というより「エホバ神とイエス」について詳しく知ってくださいと言いたいんだというふうに理性的に考えてもらえたらうれしいです。。 それと、(もう1回) 現在の終わりの日に他の人に優越感を持っている場合ではないように思います。。またそうであるのをそもそも良しとはしていません。 もよろしく。

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彼らはエホバを「主」としています。 エフェソス4:5.には、「主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つです」。と明確に記されていますので、イエス・キリストとエホバの両方を主とする矛盾したサタンの光の使いに変容した教義に酔いしれている内は、罪の赦しも救いに至ることも無いでしょうね。

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現実的な結論から言えば、クリスチャンもエホバの証人も どっちも救われることはない。 信じれば救われると思い込んでいるだけなので、実際には地獄に堕ちるか中間霊界にとどまるかの どちらかです。 篤実な信徒とは言えども、いくら信仰をまっとうしたとしても、中間霊界止まりです。 神と心情一体となった人が救われている人です。 そういう人は信じる努力など必要のない状態ですから。 信じていると言う段階は、救いの圏内に入っていません。 エホバもクリスチャンも聖書の文字を言葉通りに信じれば、 滅びることの無い肉体を獲得できると思っています。 それが彼らにとっての救いの意味です。 常識を理解できている人には、付き合い切れない連中ということになるでしょう。 精神的な価値観を求めているならまだしも、肉体的な欲望の為に信仰してるのですから。 彼らのような観点から読めば、そう読めてしまうような物になっているのが聖書です。 訳者の主観が入っているかもしれないものを鵜呑みにしてることが正しいかただしくないか それは本心基準の問題でしょう。