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太宰の魚服記のテーマは近親相姦? 初潮?

add********さん

2007/6/620:19:57

太宰の魚服記のテーマは近親相姦? 初潮?

太宰治の短編「魚服記」は近親相姦が描かれているという話があって
太宰自身も友人に柳田国男の「山の人生」を参考にしたということですが、
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe031/19980816da.htm
私はあの小説を読んでも近親相姦というよりは初潮がテーマだと思うし、
自分の知っている限り男でも女の人でも、あの話を読んですぐに近親相姦を
想像した人には会ったことがなく、大抵は初潮の話だと思うようです。
第一「からだがしびれるほど重かった」という表現は性交疼痛を
表しているとは思えません。
あの話が近親相姦が描かれているという決定的な証拠があるのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

the********さん

2007/6/820:26:40

質問者さんの問題提起を読んで、あらためて魚服記を読み直したところ、「近親相姦による処女喪失」が描かれているのだと理解しました。
三 の後半を引用します。
「疼痛。からだがしびれるほど重かった。」:疼痛、の部分が初体験のときの痛みを語り、からだがしびれるほど重かった、というのは今までに体験したことのない重さ(男が一人、自分の身体の上にのしかかる重さ)を意味しているのだと思います。小屋で一人うとうとしている間にのしかかられ、わけがわからぬうちに犯されてしまったのでしょう。そして気づいたときには、疼痛と重みの感覚が襲ってきたのだと理解できます。
「ついであのくさい呼吸を聞いた。」:あえて、「あの」くさい呼吸、と言っています。父親が薪を売った帰りに酒を飲んで帰ってくるのが常で、いつもの酔った父親の息のことを指しています。なので、スワの身体にのしかかったのは、父親だとわかります。
「『阿呆。』スワは短く叫んだ。」:「自分に何をしたんだ」という怒りが現れています。初潮に気づいたのであれば、とまどいこそすれ「阿呆」という言葉は必ずしも出ないのではないかと思います。
「ものもわからず外へはしって出た。」:スワは着の身着のままで吹雪の中に飛び出すわけで、相当なショックがあって半ば錯乱状態だったからこそ、このような行動に出られたのでしょう。
この部分の最後で滝に飛び込む場面で「『おど!』とひくく言って飛び込んだ。」とありますが、「ひくく」という部分に父親への恨みの響きを感じます。滝の中にいる父親に会いに行く、というのでもなく(実際父親は滝の中にいない)、別れの言葉というよりは「あんたのせいで私は滝に身を投げるんだ」という決意のように聞こえます。

なお、二 の最後に、「それもスワがそろそろ一人前のおんなになったからだな」と父親が考える場面があり、これだけを読めば初潮のことが書かれているとも読めるでしょう。しかしながら、上記のとおり、年頃になったスワが父親の性欲の対象にされ、かわいそうに犯された末に滝に身を投げた、という物語なのだと読みました。

質問した人からのコメント

2007/6/9 13:02:18

驚く 回答ありがとうございました。「あらためて読み直した」とありますから、書かれている内容だけではっきりわかるのではなく、逆に解釈を読み手に委ねたような表現なのでしょうね。でも、あの作品は子供の読み聞かせにも使えるような内容だけに、困ったものですよね。今度は引用したウエブサイトがいうように、北津軽地方で近親姦が時折見られたということの真偽、認識に対して、カテを変えて質問してみます。

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