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17世紀初頭以来のステュアート朝の絶対主義について述べたもので [カトリックを復...

app********さん

2013/12/2815:55:04

17世紀初頭以来のステュアート朝の絶対主義について述べたもので
[カトリックを復興してピューリタンを圧迫した。]
というのが間違いみたいですが、
どうなんでしょうか?
カトリック擁護してなかったですか


センター追試83年の問題です。

補足17世紀初頭以来のステュアート朝の絶対主義について述べた次の文①〜④のうちから誤りを含むものを一つ選べ。<83・追>

①カトリックを復興して、ピューリタンを圧迫した。
②王権神授説を唱え、国民に不当な税金を課した。
③1628年に議会が可決した「権利の請願」を無視して、長い間議会を開かなかった。
④一部の商人に独占権を与え、自由な産業を妨害した。

解答①ステュアート朝は国教会を強制した。

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for********さん

編集あり2013/12/3105:22:26

「17世紀初頭以来の」とわざわざ書かれているわけですから、あきらかに17世紀半ばのピューリタン革命によって断絶する以前の絶対主義を念頭においたものです(だから正答の解説として「国教会を強制した」と書かれているのでしょう)。その上で、17世紀に生じたふたつの革命(ピューリタン革命と名誉革命)それぞれをめぐる状況の違いを、きちんと認識できているかを問う意図で出されている問題だと考えられます。

・ピューリタン革命
⇒ステュアート諸王による、国教会に基づく国家体制
(外交ではバッキンガム公、内政ではロード・ストラフォード体制)
⇒チャールズ1世は国教会のなかでもアルミニウス派を採用
→カルヴァン派の影響を受け国教会の浄化を目指すピューリタンと対立、革命へ

・名誉革命
⇒復古王政にて、革命期に一度解体された国教会が復活。議会は国教会主導。
⇒国王は親フランスで、カトリックを支持。
→ジェイムス2世、国教会側(高低両派=トーリ・ホイッグ両派)と対立。
→名誉革命でジェイムズ2世亡命

簡略化すると以上のようになりますね。
ですのでピューリタン革命(国教会アルミニウス派×ピューリタン)、名誉革命(カトリック×国教会高低両派)いずれの対立構造にも当てはまらない①が誤りです。

質問した人からのコメント

2014/1/4 17:05:27

ありがとうございます。

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na_********さん

2013/12/2907:32:07

センター試験の問題そのままですか?
一部切り取ったりしていませんか?
このままでは、正解が2つできてしまいます。

1.「国教会を共生してピューリタンを圧迫した」
2.「カトリックを復興し国教会を圧迫した」
の二つです。
1.の結果、ピューリタン革命が起こります。
2.では、名誉革命が起こることになります。
1.を行ったのがジェームス1世、チャールズ1世であり、2を行ったのがチャールズ2世、ジェームス2世です。

センター試験で、回答が2つでるような問題が出題されるとは思えません。
問題の前後を切り取っていませんか?

aki********さん

2013/12/2816:07:54

カトリックそのものを擁護した訳ではないのではないでしょうか。

イギリス国教会は、テューダー朝のヘンリ8世のときに設立されますが、ローマ教会との確執から設立にいたったので、カトリックではありません。当時の宗教改革に影響されカルヴァン派的な教義に基づきます。

ただし、そうはいっても伝統的なカトリックの形式を多く受け継いだものでもありました。

こうした点を批判したのがピューリタンです。カトリック色を嫌った人々です。

そうした経緯のある国教会をステュアート朝時代の王も尊重し、とくにチャールズ1世は国教会と国家の結び付きを強めていき、ピューリタンを中心とした国民の反感を買ってしまいます。

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