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もう誰も横浜の果てで涙という名の 同窓会だけ見えない

kaz********さん

2014/2/814:23:32

もう誰も横浜の果てで涙という名の 同窓会だけ見えない

『もう誰も横浜の果てで涙という名の 同窓会だけ見えない』というTRPGがあることを知りました。
これってどんなものだったのでしょうか?

ジャットコースタードラマのようなものとありましたが
具体的に教えて下さい。

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ベストアンサーに選ばれた回答

nya********さん

2014/2/912:07:10

『もう誰も横浜の果てで涙という名の 同窓会だけ見えない』は、1994年に刊行された『PRG福袋'94』に収録された作品です。

『RPG福袋』は「戦隊ヒーロー」「B級ホラー映画」などの限定的なジャンル再現に特化したTRPGのアンソロジーでしたが、この『もう誰も(以下略)』は1990年代前半にテレビドラマで流行した「短時間に状況が二転三転する激しい展開の愛憎劇」を再現するものでした。

プレイヤーキャラクター(このゲームでは、ゲームのプレイ自体をドラマの撮影に見立てるため『アクター』と呼びます)には、サイコロを振ってランダムに「多額の借金」「犯罪歴」「異常性愛」などの設定が付けられます。また、ゲーム中にもランダムに「交通事故」「犯罪に巻き込まれる」「恋愛の修羅場」などのイベントが発生します。

また、アクターには「良心」「邪心」「社会信用度」の3つの能力値が設定されており、これらの能力値を削ることで、降り掛かってくるランダムイベントを回避したり、また他のアクターに不幸なイベントを起こすことができます。特に「社会信用度」は重要で、これがゼロになると社会的に抹殺されたことになり、以後はドラマに出演できない(ゲーム的に死亡した)ことになります。

さらに、各アクターには「“殺ス”リスト」というものがあり、PC/NPCの区別なくこのリストに名前を書き込んでおくと、その相手に強い憎悪と執念を抱いていることになり、相手を陥れるための判定にボーナスを得られます。

これまでの説明でお分かりいただけると思いますが、元ネタがドロドロの愛憎劇であるがゆえに、それをTRPG化した『もう誰も(以下略)』は、自分のキャラクターを幸せにするために他のプレイヤーのキャラクターを騙し陥れることも辞さないという、多人数対戦ゲームのような形になっています。また、システム全体が「ドラマの撮影」という設定で、キャラクターの能力も「筋力」「素早さ」などではなく、役柄のドラマ中における存在感を表しているのも特徴でしょう。『もう誰も(以下略)』自体はおそらく、アメリカの『イット・ケイム・フロム・ザ・レイト・レイト・レイトショウ』などに影響を受けたと思われますが、TRPGは本来ウォー・シミュレーションから派生し、戦闘における物理的な行動を再現することを重視していました。副産物だった「物語」を中心に据え、ドラマの撮影という視点から「ストーリーの形成」に特化したこのようなゲームは、当時としては画期的であり、この流れが90年代中期の『熱血専用』『番長学園』など演出重視のTRPG、そして現在の「シーン制」TRPGにつながっていると考えられます。

質問した人からのコメント

2014/2/11 14:26:14

降参 詳しくありがとうございました!!

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