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2014/3/8 20:14

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日本人の恋愛観と死生観の関係

日本人の恋愛観と死生観の関係 日本文学を読んでいると疑問に思うのは昔の日本人 恋愛と心中の関係なんですが例えば三島由紀夫の「禁色」に 「もし打ち明けられた悩みが死ぬべきものなら、一緒に死ぬ事なんか何でもないのに。 わざわざここへ悠ちゃんを誘い出した気持ちのなかには 明らかにそういう決心もあったのに」 とむしろ女性側から心中を厭わない事を匂わす心情が描かれているのですが 当時には現在とは明らかに違う恋愛観と死生観そして 両者の密接な関係が推測されるのですがこの辺の説明をできる方はいらっしゃいますか?

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補足

cjhgさん 何か誤解しているかもしれないですが 僕は質問の回答にもなってないのに中傷的な事を書き込む人 に対して喧嘩売る事もあるけど、今回みたいにまともな回答をもらった 時にはそんな事はしないです議論として面白くなる為に 矛盾を指摘したりする事はあるかもしれないけど 今まで無視してすいませんが 本IDで直接言って来れないあなたに問題があるのではないでしょうか? どうせ僕の主張が気に入らないか僕にプライドを傷つけられた とかではないのでしょうか? でも結局本IDで直接言って来れない事がすべてを証明してますね 前回「あなたの質問同様センスがない」と言ってすみませんでした 人ちがいをしていました。あなたは質問はしないけどカテマスにも なった人ですよね? あなたにあまり興味はないけど、あなたの回答には同意した事が何度かあります 知恵袋はゴミのような回答が大半なので人の回答に同意した数少ない人のひとりなので こういうストーカー行為にはがっかりです あなた(本ID)を攻撃する気はないから大丈夫ですよ でも僕はあなたに興味がないから、攻撃されるのが心配で こういう事をやっているならあなたが僕の主張に合わせるのが 「スジ」なのではないでしょうか?

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ベストアンサー

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三島由紀夫は「近代~現代」の人ですからね~w。 作家の藤沢周平氏が「今の我々現代人の感覚で、ある程度共感出来たり心情が想像できるのは、江戸時代、せいぜい戦国時代ぐらいまでだと思う。それより前の時代については、明らかに感覚が違うと思われ、今の我々の感覚では判断付きかねることが多い」という意味のことを書いていて、実際藤沢氏はそれより前の時代を題材にした小説は書いてないですね。 江戸時代のある時期、芝居などの影響で、「純愛の証明」として「心中」が「流行った」時期があるのは間違いないようです。 それを幕府が厳しく取り締まったことも(心中に失敗したカップル、生き残った相方は、結局罪人として公開で処罰された)。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

「純愛の証明」として「心中」が「流行った」時期があったのですね それで納得できます。またこれも三島由紀夫の作品の中で出てくる 不倫心中の場合、新聞記者などが手心を加えるような事実もあったのか 補足で追記したかったのですがくだらないストーカーのせいでできなかった のが残念ですが、みなさん回答ありがとうございます 芝居の影響という事ですが、その芝居はどういう影響から制作されたのですかね?

お礼日時:2014/3/15 20:58

その他の回答(3件)

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はぁあ、またやってる。 回答者の皆さん、この人補足で喧嘩売ってきますから気を付けて下さい。 過去にBAのお礼コメントに暴言吐いてましたよ。

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三島はある意味タナトスフェチですからねぇ 「憂国」でもそうですし 若い頃に別名義で雑誌で投稿した「愛の処刑」でも 大友は今井君と。。。まぁそれの後に切腹 今井君も後を追っています あの人は死に魅せられているとしか思えないです エロスとタナトスが表裏一体なのは多分あるでしょう(専門的には全然わかりませんが) ただし1つ言えるのは戦後すぐと現在を比較して明らかに病院にお世話になるケースは増えたという事です 出産は助産婦ではなく病院 病気になると病院 看護も老人ホーム 明らかに「生老病死」を家庭外に外部委託しています また核家族化と平均寿命の上昇は家族内で「死」という非日常的イベントの件数を低下させています 逆にいえば三島の時代 「死」とは割と身近な存在だったといえそうです 私に言えるのはその程度ですね あまり回答になってなく申し訳ない

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これまで日本史の中では江戸時代の女性の地位が「儒教などの影響で」非常に低かったという解釈が一般的になされてきましたし実際研究者の中にもそういう解釈をする人も少なくありませんでしたが実際はそれほど低くなかったと言うのが事実に近いようです。 寧ろ、明治に入ってからの方が女性に対する縛りが強くなり日露戦争時には未亡人が再婚できなくて苦労したなどと言うよぷな話も結構聞きますがでは江戸時代はどうであったかと言うと身分が高くても離婚率は1割ほどありその半数以上が再婚できている事実からすればこれまで言われていたほど縛りが強くはなかったと言えます。 心中が江戸時代に弾圧的な扱いを受けるのは寛政の改革の時ですがこの改革は「朱子学派のクーデター」的な意味合いが強いのでその政策も朱子学の強い影響を受けています。 しかしこれが在ったから社会の意識が即朱子学的に変化するのかと言えばそうではありません。 江戸時代末期までは日本は女性の立場も他の東アジア諸国に比べればかなり高かったし自由でした。 ですから江戸時代が特殊な縛りの元男尊女卑したようなイメージはかなり間違ったイメージで在って寧ろ富国強兵を推進した明治政府の下の方がそういう法律的な男尊女卑の縛りは強いと言えます。