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変わり者だった貴族、と聞いて思い付く歴史上の人物はいますか?

sak********さん

2014/7/923:21:13

変わり者だった貴族、と聞いて思い付く歴史上の人物はいますか?

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bab********さん

編集あり2014/7/1016:06:07

サン・ジェルマン伯爵

正体不明の人物で科学者、芸術家、そして不老不死を自称していた。実際に18世紀から20世紀前半まで彼に会ったという証言がある。彼は常に40代前半に見えたという。彼が使用していたという不老不死の秘薬「エリクシール」は現在も化粧品の名前として残っている。

・ルイ15世の重賓として招かれ、ダイヤモンドの修復や錬金術を披露した。

・希代のプレイボーイで有名なカサノヴァも「彼は常にご婦人がたに囲まれていた。彼がやたらとばらまいている美容液が効果抜群だというのだ…」と嫉妬を書き残している。

・フランス革命直前にルイ16世やマリー・アントワネットに接触し「今すぐ退位し、国民との融和をはかるべきだ。」と忠告

・ナポレオンの皇帝即位から失脚まで度々アドバイザーとして現れた「赤い服の男」はサン・ジェルマン伯爵にそっくりだったという。

・第二次大戦時にイギリス首相チャーチルと会談


真偽はともかく、変人、変わり者であったのは間違いないようです。

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ベストアンサー以外の回答

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k1_********さん

2014/7/1108:08:01

すでにアンサーに登場してる「サン・ジェルマン伯爵」ヨーロッパ史上最大の謎の人物。スペイン王妃と貴族の間に生まれた私生児とも伝えられた彼は、大変な教養人で科学(錬金術)、音楽、画才までに至る天才性を発揮。パリの社交界界ビューは、遅咲きの67歳であったが、どう見ても40代前にしか見えなかったという。不死身伝説など、逸話が多く・謎だらけの伯爵。同じく錬金術、オカルトなどの専門家でマリー・アントワネットの首飾り事件に登場した「カリオストロ伯爵」(詐欺師だった説あり)。他に「ドラキュラー」伝説のモデルになった人物(このアンサーに既に登場)。わが国では「冷泉天皇」蹴鞠をやりだしたら、足に傷をつけても、天井の張りに鞠が乗るまで1日中やっっていた天皇。幼い頃に、父村上天皇に、返事の手紙に陰茎を大きく描いた絵を送った。一種の狂人パラノイアだったという。貴族に該当しないが「マダム・アンペール」(テレーズ・ドリヤック・アンペール)フランスの社交界に20年間に渡って君臨した有名な女性、不器量、小太りなのだが、彼女の秀逸な実利への臭覚で大金持ち夫人への道、華麗なる借金ゲーム、自由気ままな贅沢三昧など波乱万丈の人生、詳しく語れば尽きない(wikipでヨロシク)。

nan********さん

2014/7/1022:59:39

バロン薩摩(治郎八)。大戦前のパリで莫大な金額で遊興し名を残した。ただ厳密には貴族ではないか…
ジルドレ。ジャンヌダルクと共にフランスのために戦った英雄だが、戦いの後、多くの美少年を誘拐、虐殺した。
ヴラド・ツェペシ。ドラキュラのモデルとも。敵には串刺し公と恐れられ、領民には慕われたよう。
フランシス・ベーコン。大法官を勤める。哲学者としても有名だがフィクションも書いており、ニワトリの冷凍実験を野外でやっていて風邪をこじらせて死去。

usa********さん

2014/7/1014:25:49

第3代クラレンドン伯爵コーンベリー卿
イギリスのアン女王の従兄弟だった伯爵は女王の名代として1701-1708の間アメリカに派遣されます。
さて伯爵は自分は「女王の代理」なのだからと考え。そして何をどう考えたのか。
ニューヨーク議会にドレスを着て現れました。
以後は女装するための服飾費で浪費しまくり。
1708年に帰国命令が出てロンドンで暮らすようになりますが、何か違う扉が開いちゃったんでしょうか、帰国してからも女装で過ごしたそうです。
英語版Wiki
http://en.wikipedia.org/wiki/Edward_Hyde,_3rd_Earl_of_Clarendon

cre********さん

2014/7/1014:04:29

川田龍吉。リョウキチと読む様です。
男爵芋の男爵様は、此の人に成ります。
土佐出身で、父親は日銀総裁。本人は造船畑が専門で、横浜ドックの社長から函館ドックの社長に転ずる。
未だガソリン車が実用化為れる前のスチーム自動車を輸入して、自分で乗り回して居たと言う事です。
自家の農場での栽培用にアメリカから種芋を輸入、此れが男爵芋のスタートと言う事に成る様です。
車と言い芋と言いミンナ趣味に近かった事の様で、必ずしも普及促進の積りは当初は無かった様です。
結構怒りっぽかった人の様ですが、江戸時代の終わり頃に生まれて百年近く生きて亡く成ったのは戦後と言う事なので、奇人変人と言うよりはチョッと面白い小父さんタイプの人だった様です。

(|…o±\o

gbr********さん

2014/7/1004:19:49

有名な人ではありませんが作家・志賀直哉夫人のお父さんは京都の公家出身の子爵で伊豆半島に住んで自ら農業をしていました

近所を訪問するときは真っ裸で相手もそれに慣れて平気だったそうです

甥の作家・武者小路実篤が子供の頃は面白がって自分も裸で付いて行ったと書いています

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