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幣原喜重郎は、戦後に総理大臣に就任しましたが、 戦前は、北京関税特別会議に...

ser********さん

2014/7/1713:12:57

幣原喜重郎は、戦後に総理大臣に就任しましたが、

戦前は、北京関税特別会議に参加したりと幣原外交で知られていましたが

国内における幣原氏の評価はこの時、財界批判・軟弱外交として非難の声が上がっていましたよね?それでも、幣原氏はアメリカやイギリスでの評判は国内と違い高かったのでしょうか?

外交官は、お金がかかり財界ともつながりを持っておくのがこの時一般的で国際協調路線を主張していた幣原喜重郎は、後の田中義一などとは正反対の性格だったと言えますか?

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zez********さん

2014/7/1713:55:07

幣原外交を「軟弱」と非難した人たちはその後それが如何に愚劣な行為だったかを嫌という程思い知った訳です、敗戦という形で。
ですから幣原の首相就任に対しては、非難の声はほとんとありませんでした。というか1930年代前半に政界引退していたため、「まだ生きとったんか」という声のほうがずっと大きかったんですが。

質問者さんの書き方だと個人的性格の話にも読めないことは無いのですが、まあ外交官としてはオールド・リベラリスト、海軍で言うところの条約派、1930年代前半の宮中グループ、そして昭和帝自身とも価値観が似通った人物の部類です。

外交官は外交現場で国内事情を正確に踏まえた上で(虚実交えつつ)喋る必要があり、決定事項をきちんと国内に周知させる責任も負うこともあります。
そのために財界とつながりを持つのは当たり前のことであり、そこを潔癖性から頭ごなしに否定してしまうと威勢良いことを言って帰ってくるだけの外交官が出来上がってしまいます。これでは国内の鬱憤晴らしにはなっても外交の意味はないですね。

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