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神社の本質とはなんですか?

kod********さん

2014/7/2719:33:01

神社の本質とはなんですか?

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spz********さん

2014/7/2721:45:27

日本の神社神道の八百万の神神様が日本全国の約八万社の神社に其々鎮座されていますよ。約八万の神社全てに神様が鎮座されて居る事は全ての神社で信者が神様に参拝が出来ますよ。日本の神社神道の大きな特徴は人間の眼では神様が見えませんが全ての神社で神様と会話が出来るのが大きな特徴ですよ。神様と会話をすることで神社神道の神様の存在が確認出来ますよ。神様と会話、相談も指示を戴く事も出来ますよ。他の宗教では絶対出来ない神様の存在が会話で確認が出来ますよ。他の宗教には絶対出来ない各家庭に正しく神棚を祀れば家庭でも神様と会話が出来、神様の確認が出来ますよ。

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bok********さん

2014/8/223:56:13

入口とか戸とか、

今は取り敢えず扉にしておきます。

kaw********さん

2014/8/200:06:49

神道の・・じゃなくて神社のですか?

人によって違うかもしれませんが、私は「祈りの場」だと思います。
「社」とは「屋代」であって神社は神域全体を指します。
私たちが神社と言っている神殿などは「殿」ですが「宮」であり「宮」は「御屋」なのです。
古代の信仰形態では特定の場所はなく、そのつど祭司が場所を定めて祈りを捧げていました。アイヌが近いとされています。やがて神聖な場所が特定されるようになりました。この形式を保っているのが沖縄のノロの形式です。このように神聖な場所という場所が生まれ、それが屋代=社になるわけです。
神社の目的は祈るためですから本質は祈りの場です。
日本史小百科「神社」、「神道概説」を私なりに解釈しました。

ちなみに神道になると「マツリ」だと『神道概説』では捉えていると思います。
その起源は祈りですが、祈りだけではまだ「道」になっていません。神を祀り、神を祭るということが成立してやっと神道の基点になると思っています。

apc********さん

2014/7/2809:30:35

神道は、元々、個々のアミニズムに基づく信仰を包括的に読んだ呼称であり、共通の根幹がありません

原始宗教なので、個別の神話はありますが、経典も戒律もきちんとしたものがありません

神話は個々の社伝や民俗として伝わっていますが、平安時代に国書として編纂した日本書紀が、国家としての正式な神話になります。
一方天皇専用には、古事記が編纂され、天皇専用の神話の書となっています

神社は神道の基本単位・建造物・拝礼対象として存在しますが、神社毎に内容が違うため、共通の本質と呼べるものはありません

神を祀る社もあれば、仏寺と渾然一体であったり、元々仏寺であったりします
人が祟り神とならぬよう封じ込めた神社もあり、中には参拝すべきでないとされる神社もあります
同様に、災害を起こす暴れ川や火山・ガス穴を恐れて神社として封じたものもあります
明治~戦前には、戦死者の魂を招魂する目的で神社を作ってます(招魂社=靖国神社・護国神社)
人や動物を生贄として捧げてきた有名神社もあります。
少年を一年神主とし、1年後には殺害してきた神社もあります

神道は、個々の神格の信仰拝礼・畏れ・封印を、包括的に神道と呼んだものであるため、内容は多岐にわたります
神社・社・祠は、全てが神道に基づいて建立されたもので無いため、共通の根幹がありません

神道は、超多神教で、自然や人、外国・他宗教の神、自然霊(龍・狐・狸....)、その他出自不明のものを祀ってます
祀神ごとに性格が違うのですが、複数祀ったり、複数を纏めて1柱の神にしたり、途中で変えたりしてます

「八百万の神」と言いますが、これは数が多い事の例えであって、800万柱の神が存在するわけではありません

神社は、仏教と渾然一体という状況で、大きな仏寺の境内には、必ず複数の神社(摂社・末社)があります。
仏教徒が、神社を建てたり、参拝して盛り立てたりしており、中には仏寺なのに神社として扱われる例もあります

特に曹洞宗・真言宗は、密教(山岳仏教)の荼吉尼天を祀神として、稲荷神社を建てまくりました
結果、日本の神社総数、約100,000社中、稲荷神社(稲荷大神又は、荼吉尼天&戎)が、40,000社以上を占め最大となりました


EX: 豐川閣妙嚴寺 ⇒ 通称:豊川稲荷 祀神:荼吉尼天(だきにてん)

EX: 日吉大社は、大津京の守護神として建立されたが、比叡山の守り神として天台宗徒によって信仰され、守り立てられた。
織田信長の比叡山焼き討ちの際、比叡山の仏教勢力と同一に見なされ、日吉大社も焼き払われた
日吉大社は古代より絶大な存在感のある神社であり、神輿を最初に始めた神社とされ、ここから全国に広がった

EX:稲荷神社の総本宮は、京都の伏見稲荷大社で、祀神は稲荷大神。
秦氏(はたうじ)が創建した、秦氏の氏神の一つ。


畿内や四国・淡路の最も古い神社や仏閣は、多くが秦氏の創建です
現在のアカデミズムでは、秦氏は、新羅の波旦氏であり、大月氏国が出自のネストリウス派キリスト教徒とされてます
秦氏と神社には深い繋がりがあります

EX:四天王寺は、聖徳太子の命により秦河勝が建立

EX:金比羅宮は、元々「旗宮(はたみや)」といい、秦氏の縁の神社


平安時代には、「本地垂迹説」が確立し、神仏習合(神仏混交、神と仏を同体と見て一緒に祀る)という信仰行為が、多くなりました。
日本の八百万の神々は、仏(菩薩や天部なども含む)が、化身として日本 の地に現れた権現(ごんげん)であるとする考えです。

EX:金毘羅大権現=不動明王と毘沙門天

EX:熊野権現=阿弥陀如来

EX:仏教の護摩法神:牛頭天王=スサノオミコト

江戸時代には、幕府が、仏教と民衆支配を結び付けていた為、民は必ず仏寺の檀家とならねばなりませんでした。
そのため、生まれた時は宮参りをし、死ぬ時は法要を営むスタイルが確立しました

神社はますます仏寺に隷属するようになり、仏寺が所有する神社が多くなりました
仏寺は、経済力が強く、壮大でしたが、神社はごく一部を除いて独立できませんでした。


明治維新によって天孫である天皇を中心とした政教一致体制になり、国家神道を旨としました。
明治政府は、神仏分離政策をとり、神仏混交状態の神社の分離独立をすすめました。
この時、祀神を替えて、神社が独立したり、仏寺を神社に変更したりしました。

EX:金比羅宮は、中世に寺になっていましたが、再び神社に戻してます

EX:琵琶湖の竹生島は、神仏混交の信仰の島でしたが、1つの建物で渡り廊下でつながったままで、一方を「宝厳寺」とし、もう一方を「都久夫須麻神社」としました。

EX : 弁財天は、密教(山岳仏教)の神で、神社か寺かハッキリしなかったところが、正式に神社になった例があります。
都久夫須麻神社、天河大辨財天社、江ノ島神社....

EX:ヒンズー教の主神シヴァ神を第六天神(仏教の悪魔 第六天魔王波旬)として祀る神社が、関東を中心に4000社余りありました
明治政府の国家神道政策に合致しないため、大部分が祀神を変更しました。
東京都台東区の第六天榊神社(だいろくてんさかきじんじゃ)が、総本宮で現存しますが、大部分が名前を変えてわからなくなりました。
織田信長が、武田信玄にあてた書状に、第六天魔王信長と署名したことが有名で、足利尊氏や北条氏が尊崇してます
中世に江戸で広く信仰された「花のお江戸の天神様」です
富士樹海の魔王天神社も第六天神です


明治時代~昭和初期に、「神社神道」と「教派神道」という考え方が確立し、14の新興神道宗派が、「教派神道」として公認されました。
神道大教、黒住教、神道修成派、神宮教、出雲大社教、枎桑教、實行教、神道大成教、神習教、御嶽教、神理教、禊教、金光教、天理教です。

「神社神道」とは、近代になって政府による統制の加わった神社における儀礼・思想・組織を指す言葉で、「国家神道」を指す場合もあります。

しかし、この時代、「神道(神社神道)」は、宗教ではないとしており、日本人の根源的なものとしました


平安時代の延喜式神名帳という記録では、神宮、大社、小社の3ランクに分けてます。
また、各国ごとに、一宮、二宮、三宮、四宮.......と言ったランキングがあり、国史が着任する際に、一宮から順に祭祀を行っています。

明治政府は、神社本庁によって神社を統括し、新たに格付けを行い、国及び県がお供えをする神社を定めました。

EX 武蔵国(現在の東京と埼玉)の一宮は、旧大宮市の氷川神社
氷川神社(大宮氷川神社)は、東京都・埼玉県近辺に約300社ある氷川神社の総本社で、祀神は、須佐之男命(スサノオミコト)
延喜式神名帳の名神大社。
戦前の国幣大社で勅祭社(祭礼に際して天皇により勅使が遣わされる神社)


現在、「神社本庁」は、政府から切り離され、神道最大の宗教法人となっており、全国の有力神社の大半が属しています。
現在、「神社本庁」に属する神社は、約80,000社です

明治期に政府によって、「招魂社」が各地に建てられ、「東京招魂社」を総本宮としました
「東京招魂社」は、明治12年、天皇によって「靖国神社」と名づけられ、改名してます。
各地方の「招魂社」は、昭和14年に「護国神社」と名称を変更しました。

明治維新以後、国家のために殉難した英霊を奉祀しました。
特に戦前は、国家の為に戦功を上げて殉死し、霊魂となって東京招魂社=靖国神社にて天皇の元に集まることを最大の名誉としました。

元々、陰陽道の招魂祭を行っていた神社で、靖国神社では現在も招魂祭が行われてます。

陰陽道は、ユダヤのカバラが中国に伝わったもので、日本では安倍晴明が有名です
安倍晴明は、安倍氏の始祖で、安部首相のご先祖様です


神社には、古来より、産土神社、鎮守神社、氏神、という考え方があります。
何れも神社の固有名詞ではなく、各神社の役割・位置付けを言います

どれも土地神であり、生まれた場所の土地神が、産土神とされ、自分の担当神です
産土神が、居る(降りる)神社を産土神社と呼びます。
大抵が、地域で盛大なお祭りが行われる神社で、名付けや七五三で参拝している神社です
近年では、輪廻転生を超えた自分の魂の担当神という考え方もあり、最重要視します

鎮守はその土地集落に住む人達の守護神で、昔は氏族が固まって住んでいたため、氏神とほぼイコールでした
氏神は、氏族の神です

神社の根幹であるため、神社本庁や各地の神社庁には、エリアごとの産土神社(うぶすな)・鎮守神社一覧表があります
神社庁は各地域の有力神社の社務所が兼ねており、一般からの問い合わせに対して、それらを回答しています

因みに、江戸総鎮守は、神田明神(祀神:平将門)とされます。
日本総鎮守は、伊予国(愛媛県)の一宮である大山祇神社で大三島にあります
全国の三島神社の総本宮とされ、伊勢神宮内宮の摂末社です

kaw********さん

編集あり2014/7/3109:52:38

「清められた場所だ」
と、かつて司馬遼太郎は言っていました。
草を抜き、地を馴らし、塵芥を取り除き、掃き清められた場所。
それが日本人にとっての聖域であり、神が居ますに相応しい場所なのだ、と。

kagami20075さん

2014/7/2721:07:58

世界でも数少ない原始宗教ですので、一言で言って、原始人の迷信に過ぎません。

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