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戦争の時代、教師は生徒を戦場に送るべきかどうか?

asa********さん

2014/8/222:40:49

戦争の時代、教師は生徒を戦場に送るべきかどうか?

日本でも約70年前に、小中学校などの教師は生徒に対して戦場に行き命を投げ出すことをよしとすべきかどうかで揺れたのではないかと思われます。文献レベルでは、多くの教え子を戦場に送り出したことによってほめたたえられた教師の存在を目にしたことはありますし、その反対に教え子を積極的に戦場に送り出そうとしなかったために周囲と様々な摩擦を生じたと言う話を目にしたこともあります。

で、みなさんにうかがいます。あの時代、教師は生徒に対して「兵士になり国難を救うために命を投げ出す覚悟で戦え!」と教えるべきでしたか?そうではありませんでしたか?

また、むしろこちらのほうをメインでおうかがいしたいのですが、今の時代に仮に外国との間でのっぴきならない事態に陥ったとして、仮にそうであれば、現代の教師たちは生徒に対してどういう態度で接するべきですか?

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rel********さん

2014/8/222:57:30

>あの時代、教師は生徒に対して「兵士になり国難を救うために命を投げ出す覚悟>で戦え!」と教えるべきでしたか?そうではありませんでしたか?

教えるべきではなかったと思いますが、教えないと非国民扱いされた
でしょうから、やむをえなかったと思います。
非国民扱いだけですめばいいですが、場合によっては特高に連行され
拷問され死もありえるでしょう。

>今の時代に仮に外国との間でのっぴきならない事態に陥ったとして、仮にそうで>あれば、現代の教師たちは生徒に対してどういう態度で接するべきですか。

やはり同様に戦争に行ってはいけないと教えるべきでしょう。
しかし、上記と同様、教えなければ非国民扱いされるような時代に
逆行する可能性もありますので、そうなるとやむを得ず、自分の気持
ちに逆らわなければならなくなる時がくるでしょう。
こちらも同様に非国民扱いだけですめば別ですが、特高のような
組織ができて、場合により拷問され死もありえると思います。

時代がどんなに変わり、どんなに科学が発展しても、人間の本質は
それほど変わらないからです。

質問した人からのコメント

2014/8/9 12:03:23

みなさん、いろいろなお考えをお聞かせいただき本当にありがとうございます。こういうことは個々人によっていろいろと見解が分かれるところだと思います。なにしろ歴史観とか倫理観とかにも触れるところですから。そして私は、個々人がそれぞれいろいろと考えを持つことが良いことだと思っています。ただ、事実と違うことを言いふらす人が一部ですがいることには閉口します。

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bod********さん

2014/8/315:16:20

戦後70年近く。

もはや、戦場と銃後(国内の安全な土地)という区別は消滅した。

北朝鮮のミサイルが日本を通過するんだから、日本国内のどこにらいても≪戦場≫なんです。

だから、どこにいても戦死するんです。


関ヶ原の戦いのごとき≪戦争論≫は腐っている。


なお、回答としては、

≪あの時代、教師は生徒に対して「兵士になり国難を救うために命を投げ出す覚悟で戦え!」と教えるべきでしたか?≫


あの当時の教師は、子供に軍隊に入るように、戦場に行くように強要・強制していた。

満蒙開拓少年義勇軍とか、少年戦車兵と科に、教え子を脅かして入らせていた。


戦後日教組の言う糞、腐れ、大ウソ≪教師は戦争に反対していた≫は、まっかっかな大ウソ。


教師が教え子を率先して戦場や軍隊に送っていた。

女教師も子どもや母子家庭の母親を脅迫していた。

学校に、何人という割り当てが来ていた。教師はその割当人数を自分のクラスから出すと出世できるとして、教え子を戦場に行かせていた。



下は、多くが日本に帰れず現地で死んだ。

満蒙開拓移民 - Wikipedia



ja.wikipedia.org/wiki/満蒙開拓移民 -

満蒙開拓移民(まんもうかいたくいみん)は、満州事変以降太平洋戦争までの期間に 日本政府の国策によって推進された、中国大陸の ... 年以降は成人男性の入植が困難 となり、15歳から18歳ほどの少年で組織された「満蒙開拓青少年義勇軍」が主軸となっ た。



満蒙開拓青少年義勇軍


www.geocities.jp/.../manmoukaitakuseisyounengiyuugun.htm -

アルスさん

2014/8/223:24:11

>>あの時代、教師は生徒に対して「兵士になり国難を救うために命を投げ出す覚悟で戦え!」と教えるべきでしたか?そうではありませんでしたか?

公立学校の教師としてはそう教えるべきだと思います。
仮にも雇ってるのは行政側ですからね。

ただ人としてどうか?と聞かれると「生徒自身に考えさせる力を付ける」のが理想だと思います。
もし生徒自身が考えた末に国難の為に命を投げ出すというなら全力で応援すべきだし、考えた末に生きたいと思うならそれを成すための知識や方法を教えてあげれば良いと思う。

まあ職(雇用主)を優先すべきか、人(感情)を優先すべきかの議論は平行線だと思います。


>>今の時代に仮に外国との間でのっぴきならない事態に陥ったとして、仮にそうであれば、現代の教師たちは生徒に対してどういう態度で接するべきですか?

そうですね。
考える、判断するだけの知識を与えてやれれば良いと思いますよ。
片方だけを教えるから問題になるわけで、どんなものでも賛否両論の意見があるわけですからその両方を教えてやれば良いと思います。
そうすれば生徒たちは自分自身で意見を形成できるのではないかと思います。
(結果、善となるか悪となるかは分かりませんが片方の意見だけだと善悪の区別もつかないと思います。)

jaj********さん

2014/8/223:14:23

現代のように平和で安全な暮らしに慣れきった私達は すべきではないと
何とでも言えるでしょうけど、
当時の状況なら 自分は国のために捧げるべきと本気で思ったかもしれません。

いざそういう状況になり 相手国がやる気満々なら 戦争に備えろと言うしかありませんね。

https://m.youtube.com/watch?v=rTCiR7p_MCE

jjy********さん

2014/8/223:07:36

こうなるんなら戦いなさいと、

カンロの虐殺

1952年-1958年における「カンロ地区」(中国の区分で甘粛省甘南州)において10000人(カンロの虐殺)

ゴロクの虐殺

アムド地方ゴロク地区(中国の区分で青海省果洛州)で1956年に130,000人あった人口が1963年に「およそ60,000人にまで減った」と指摘。

ラサの虐殺

1959年3月10日に勃発したラサ蜂起では三日間で10000人-15000人のラサ市民が死亡

中央チベットの大虐殺

1959年3月から1960年10月までの間に中央チベットだけで87000人のチベット人が殺害された(中央チベットの大虐殺 。

これに対し、中華人民共和国では「虐殺の規模が120万人である」ことは否定されているが、地方ごとの個別事例として、兵士や一般民衆に対して相当規模の殺害を認知している。 以下、毛里和子『周縁からの中国:民族問題と国家』(東京大学出版会, 1998)による。
青海省における虐殺

1958年3月から8月にかけて、甘粛から青海にかけての42万平方キロにかけてチベット人130,000人が「反乱」を行った。中国軍は、うち110,000人を殲滅して平定した。

また、「青海省」におけるチベット人・モンゴル人の遊牧民50,000人を逮捕した。この数字は青海省チベット・モンゴル人遊牧民総人口の10%にあたる。逮捕者の84%にあたる45,000人が誤認逮捕であった。拘留中に23,260人が死亡、誤って殺害されたものが173人。宗教・民族分子259人、民族幹部480人が死亡。

◆ 中国侵略の歴史 ◆

1949年 中国がウイグル侵略し占領。植民同化政策。
1950年 中国が朝鮮戦争に参戦。
1951年 中国がチベットを軍事侵略・大量虐殺。
1959年 中国がインドと国境紛争。
1969年 珍宝島で中国軍とソビエト軍が衝突。日本に擦り寄り軍事費倍増を要求。
1979年 中国がベトナムを武力侵略。 中国が懲罰戦争と表明。
1992年 中国が領海法制定により南沙諸島と西沙諸島の領有を宣言。
1995年 中国が歴史的にフィリピンが領有してきたミスチーフ環礁を占領。
1996年 中国が台湾海峡でミサイル発射し台湾を恫喝。
1997年 中国がフィリピンが歴史的に領有してきたスカーボロ環礁に領有権を主張。
同年 中国が日本が固有の領土として主張してきた尖閣諸島の領有を主張。
2000年- 中国の軍艦が日本列島を一周。
中国が尖閣諸島付近で日本の領海内の海底油田調査を敢行。
2004年 中国の「漢級」原子力潜水艦が潜航しながら、日本の領海侵犯。(石垣島・多良間島間)

2006年、ブータンは中国に国土を奪われました。

ブータンは国土の北西部を中国と接しているのですが、国境線を警備する人民解放軍が数年を掛けて南下し侵入、ブータン領土内に小屋や施設を作り、さらには道路まで作って実効支配したのです。侵略された土地は約8000平方キロに及び、ブータンの国土面積の約20%にも及びます。

タジキスタンも今年に入って、パミール高原の一部(1000平方キロ)を中国に割譲しています。しかし、中国はパミール高原の28500平方キロの割譲を要求しており、今後タジキスタンへの経済的な浸透が高まれば、中国はさらに割譲の要求を行うでしょう

huy********さん

2014/8/223:00:00

それは答えが出ない問題でしょうね。

ベターな選択として、戦争が不可避であり、兵士となることが避けようがない現実がある場合、戦う覚悟は教えるべきだと思います。戦場に行って、戦争の是非等は一兵士が考えることではなく、ましてや、そういった迷いは生存率を下げます、国家の為でなくても、親、兄弟、妻子の為に戦う覚悟、戦争を割り切る考えは必要でしょう。かつ、生き残る考え方を一つでも二つでも伝えられたらより良いのではないでしょうか。

現代においては、嘗ての戦争のような総力戦という概念が崩れていますので、同じとするべきではありませんが、もし、戦争が始まったら、盲目的に戦争を忌避するのではなく、現実として戦争を受け入れることを教えるべきかと思います。戦争を避けるべきものではなく(避けられるものではなく)取り組まなければならない問題であると、早期の段階で割り切れれば、それだけ、兵士の犠牲は少なく終戦にまで到れると思いますので。

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