ここから本文です

イスラム教などで自分がそちらの国に行った時にそちらの因習などを守る事は理解出...

bbi********さん

2014/8/2216:25:20

イスラム教などで自分がそちらの国に行った時にそちらの因習などを守る事は理解出来るんですが、そちら方から他国にやって来た人で(郷に入れば郷に従え)が出来ないのは何故でしょうか?

閲覧数:
885
回答数:
6

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

dam********さん

2014/8/2222:59:27

世界中の国が、自国の法律を入国した外国人にも強制しています。つまり、その国の法を侵せば、警察沙汰・裁判沙汰になるということです。

イスラム国でイスラム法を国法にしている国は、同じ原理を入国した外国人に用います。それが自国の法律だから、外国人はそれに服従しなければなりません。

飲酒や女性の髪や肌の露出、そういうものはあなたのおっしゃる因習でなく、その国の法律なのです。因習であれば、外国人はそれを拒む権利があります。そういうことをその国の官憲と議論されてはどうでしょうか?「郷に入っては郷に従え」というのは、異郷でそこの住民と感情的な行き違いを起こさないための便法でしかなく、それを強制することは法的根拠なしにはできません。

それと、イスラム教徒が日本に来て日本の因習に従わないのとは、まるで関係ないことがらです。日本の官憲もイスラム教徒が日本の法律に服従しないなら、すぐに逮捕して法的措置を取ります。

法律を因習と誤解されているため、思考ロジックの方向性が不適切になっているとわたしは感じます。

質問した人からのコメント

2014/8/28 21:48:29

降参 6人の回答者さま ありがとうございます

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/5件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

aib********さん

2014/8/2311:15:55

日本では郷に入れば郷に従えはまさに郷に入れば郷に従えで、明文化されたものではありません。一方サウジアラビアの郷に入れば郷に従えは国がそう決めています。従わないなら国外追放です。

郷に入っても従わなくてもペナルティーがなければ従う必要はないのではないでしょうか?日本人も海外に行ってすべての習慣に従うわけではありません。しかし海外で当地の法律に違反すれば捕まります。

不文律的としてに郷入れば郷に従えと言う習慣は郷の習慣でしかありません。はなから郷の習慣に従わないなら、「郷入れば郷に従え」と言っても意味をなしません。

プロフィール画像

カテゴリマスター

na_********さん

2014/8/2310:42:07

イスラムの戒律によります。
「郷に入れば郷に従え」ができない典型が、ワッハーブ派です。
ワッハーブ派では、地域や個人的判断での戒律の解釈が禁止されていますので、完全に「郷に入れば郷に従え」は不可能になります。
ワッハーブ派は、ペルシャ湾岸諸国の国に多い考え方です。
代表はサウジアラビア

全くできないわけではないが、非常に困難なのが、マーリク派です。
マーリク派の場合、そうせざるを得なかったという合理的な説明が必要になります。
マーリク派は、北アフリカからシリアなどの国の考え方で、代表はエジプトです。

比較的可能なのが、シャフィイー派です。
自分の所属する集団の中で了解が得られれば、問題ありません。
代表は、マレーシアやインドネシアです。

最も簡単なのが、ファナフィー派です。
イスラムの教えに反しない限り、比較的自由にイスラム法の解釈が可能です。
代表的なのは、トルコやボスニアなどです。

2014/8/2218:19:28

立場によります
基本的にアラーは寛大なお方なんで、ダールアルハルブで守るのが困難な戒律については寛容です
例えば日本だとハラルミート、イスラムの作法で解体された食肉は地方ではなかなか手に入らないのが実情です
歴史的にイスラムは商業の民なんで、そうしないとやってられない実情があります

ただし
一部の連中はそんなの関係ねーとかかましてくれます
もともと、啓典の民や多神教はイスラムより格下と思っているからです

len********さん

2014/8/2216:45:14

通常の習慣と宗教的な戒律は別でしょう。
宗教について厳格性を持たない日本人にはわからないかもしれませんが、神の教えいうのはいつどこにいても変えることは許されないのです。郷に入れば郷に従えという柔軟性を宗教でも使えると思うのは、日本人の大きな間違いです。逆に言えば、日本人が宗教的理由でという主張をしても、多くの国々ではそれが認められるということです。
日本人でも、某創○の熱狂的な信者の人々は、宗派の違う寺や神社には入りませんよ。高校の修学旅行で、同じ班に青年部の奴がいて、行っても中に入らないのでまるで別の班のようなことがありました。しかし、彼は班が寺社に行くこと自体は反対しない(自分の信条を他人に押し付けない)というルールは守っていたわけで、我々も一緒に行動することは強要しなかったので、うまく共存ができたということです。
ちなみに、そんな彼でもいまだに選挙前に電話はかかってきますがww
日本人は、自己主張することを悪と感じることが多いですが、世界的には、たがいに自己主張して妥協点を探すということのほうが一般的です。それでも妥協点が見つからないことが多いのが宗教的な部分なのです。

sao********さん

2014/8/2216:30:41

なんで、そんな風に考えるのかが理解できません。
彼らは宗教上の戒律を破らないだけですよ。
宗教が行動の規範になっている日本人は少数派ですから理解できないかも知れないが。。。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる