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芥川龍之介は、実存主義者だと思いますか?

for********さん

2014/10/1916:00:28

芥川龍之介は、実存主義者だと思いますか?

例えば、侏儒の言葉中の人生の項目に書かれている


もし游泳を学ばないものに泳げと命ずるものがあれば、
何人も無理だと思うであろう。
もし又ランニングを学ばないものに駈けろと命ずるものがあれば、
やはり理不尽だと思わざるを得まい。
しかし我我は生まれた時から、
こう云う莫迦げた命令を負わされているのも同じことである。

という1節はサルトルの

「人間は自由という刑に処せられている」という言葉に通ずるところがある気がします。

芥川龍之介の没年からして、直接的に影響を受けたというわけではないでしょうが、芥川龍之介の主張は実存主義的ではないでしょうか。

とはいえ、私はサルトルにも芥川龍之介にもあまり詳しくありません。

この二人、および実存主義にお詳しい方、考えをお聞かせください。

補足実際に関係はなくても、思想が実存主義と似通っているかどうか聞いてます。

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cof********さん

2014/10/2022:24:27

たしかに、そのふたつの言葉は文面だけ見ると似ているように見えますが、書き手が言いたいことの焦点が違うように思います。

芥川の言葉は、「生まれ落ちたら、あとは必死に生きねばならぬ」「この世は理不尽なものだ」といったようなことを示しているんじゃないかと。実存主義というより、仏教的な匂いを感じるんですが…。

一方、サルトルの言葉のほうは、かなり乱暴にいうと「人生は、やることなすこと自己責任だ」「自由って、裏を返せば全部自己責任なわけで、これってかなりキツイよね」みたいな意味だと思うんですよ。(間違ってたらすみません)

なので、字ヅラの類似性はともかく、「言いたいこと」は違うんじゃないかな~と思いました。

質問した人からのコメント

2014/10/25 18:47:02

降参 ありがとうございました!

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e98********さん

2014/10/1921:35:49

「多くの人々に、芥川龍之介はとても哲学的な作家とみなされているかもしれませんが、じつはまったく違います。」(中島義道『哲学の教科書』)

「芥川にとって哲学者とはニーチェに代表され、そのすぐ傍らにボードレールやストリンドベリが位置するような者、すなわち苦悩にみちた世界と人生の洞察者であったようです。」(中島義道『哲学の教科書』)

「ニーチェという人は、高等学校の倫理の教科書などでは、「実存主義」の哲学というジャンルに分類されているのではないでしょうか。キルケゴールなどとお仲間で、カントやヘーゲルのような厳密な哲学者とは違って、あまり哲学の伝統にはこだわらず、自分自身との対話のなかで物を考えた人。これが大雑把な実存主義の定義みたいなものでしょう。ハイデガーやヤスパースも、教科書にはそうした実存主義者として名前が出てきます。これはまったくの誤解です。」(木田元『反哲学入門』)

nan********さん

編集あり2014/10/1922:51:26

サルトルならこう言うでしょう「水に入ってみなければ泳ぎ方などわかるはずがなく、足をふってみなければ走ることなどわかるはずもない。だが政府は泳ぎ方がわかるまで水に入るなと主張しているのだ」
正反対というか芥川は思想というもの自体がよくわからなかったのではないでしょうか。
●あまり興味がなさそうですが、関係はないですよ

twe********さん

2014/10/1916:37:34

くわしくないけどカンケーないよん♪(*^^*)

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