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江戸時代にあった島流しの刑では、島流しにあった人物は離島でどんな暮らしをして...

jasmine_h_tさん

2007/12/3006:37:03

江戸時代にあった島流しの刑では、島流しにあった人物は離島でどんな暮らしをしていたのですか?

補足ありがとうございます。好きに生活して良いとのことですが、恋愛や結婚をしてこどもを生んで、家族を作ったりしても良いのですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

編集あり2007/12/3107:47:14

島流しの刑を流刑と言いますが、流刑には近流・中流・遠流の3段階があり、送られる島は違っていました。
定期的に島への官船を出し、島に着くと島の役人や名主に引き渡され、住む村が決められる。
その後は罪を犯したり島抜けをしない限りは好きに生活していいが
幕府から食料などはほとんど与えられなかった。(流刑先で罪を犯すと島替え)
どう生きるかは流人次第。
政治犯や思想犯の場合は学識を生かして、島民を対象に寺子屋を開いたりして食料を確保。
技術のある者は技術を生かして食料を確保。
何もない者でも島民の仕事を手伝って…。
飢饉の時は流人に多数の死者が出ることもあったがそれ以外は基本的に普通の生活。
島でも商業や文化が発展したと言われる。
{補足}
恋愛や結婚をしてこどもを生んで、家族を作ったりしても良いのですかとの問いですが、
これも自由だったようです。ただし、赦免され故郷に帰るときには、
島民の家族を連れていくことはできず、一人で帰るか、島に残るか
葛藤があったようです。

質問した人からのコメント

2008/1/6 15:08:37

勉強になりました。ありがとうございます。

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2007/12/3023:32:02

代表的な流人は関ヶ原で西軍について負けた宇喜多秀家ですね。

彼は、質素な暮らしをするはずでしたが、妻・豪姫とその父親・前田利家
の助け(米、着物等の生活必需品を与える)により、流人にしては裕福な暮らしでした。
そのお陰か、彼は意外と大往生しています。

また、流人でも地元の人との関係によりますね。優しい百姓などは、自らの生活も苦しいのに
作物を与えられたりと優しくされたらラッキーですが、反対に関係が悪かったら家族もいないので
田畑を1人で耕す事となり、日照りによる餓死もありえます。

反対に、山田長政のように優遇されすぎると、その力を恐れた者の手によって
殺されたりしてしまう事もありました。

流人はやはりおとなしく暮らすのが一番でしょう

dentou3さん

2007/12/3009:56:13

大人物なら単に隔離が目的ですから、監視付の普通の生活だったようです。西郷隆盛は奄美大島に流されましたが、あなたの補足のような生活をしていたようです。極悪人なら島の開拓に従事する強制労働なんでしょうかね?

2007/12/3006:40:54

流された人物によって待遇がちがいます。手厚く待遇されたり、落人の集落で暮らしたりです。

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