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フランス革命を勃発させたのは、 民衆の力だけでなく、 ルイ16世を失脚させ...

mou********さん

2015/5/2511:03:02

フランス革命を勃発させたのは、

民衆の力だけでなく、

ルイ16世を失脚させて、権力を握ろうとした

一部貴族の思惑があった。という解釈でいいのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

tat********さん

2015/5/2512:40:02

>ルイ16世を失脚させて、権力を握ろうとした
>一部貴族の思惑があった。という解釈でいいのでしょうか?

どの時点からを「フランス革命」と言うかによりますが
三部会を開いたあたりまでなら
そういう意図で民衆側についた貴族も多かったと思います。

三部会が開かれたときくらいまでは
まだ、民衆も王への断罪というほどまで
過激な事までは考えていなかったようで
(人が多数派だったと聞きます)

国政に民意が反映される事を
望んだだけだったのでしょうね。


その後、三部会が結果的に
貴族&教会vs庶民の対立構造を
明らかにしただけで決裂し

民衆が暴動的な行為を起こしたあたり
(バスティーユ襲撃など)の頃になると

革命運動の勢いは権力を握ろうとした
貴族の思惑を越えてしまって

逆に彼らは自分の首を
自分で絞る手伝いをした事になったようですね。

質問した人からのコメント

2015/5/28 07:01:08

ありがとうございました。

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mur********さん

2015/5/2514:06:54

国民衛兵司令官となったラファイエット侯の存在は無視できないでしょう。

アメリカ独立戦争を経験したラファイエット侯爵は、絶対君主政には完全に行き詰まりを感じ、共和政とはいわないまでも、イギリスのような立憲君主政を目指していたことは間違いありません。

ラファイエット侯爵はパリ市街の治安警備で、暴走しそうになった住民集会に発砲し、権威を失墜させますが、その後に革命政府が暴走したのは間違いなく、ナポレオンは逆に群集を、警備指揮官として砲撃して、信頼を得ました。

ラファイエットとナポレオンの差は決定的ですが、紙一重でもあります。ラファイエットはその後も七月革命に参加するので、共和主義ではなくても、絶対君主主義ではない、立憲君主主義者だったのは間違いないでしょう。

ラファイエットの他には女男爵の息子であるフランソワ・クリストフ・ケレルマン元帥がいます。ケレルマンはナポレオンにも尊敬され、貴族でありながら革命軍の大きな力になりました。

国民議会の議長となったであるタレーランも貴族階級出身の司教です。

一部貴族の思惑ももちろんありましたが、ラファイエット、ケレルマン、タレーランのような有能な貴族階級の人間が、すでに絶対王政を見限っていたことの方が大きいでしょう。

pio********さん

2015/5/2512:54:46

一部貴族というより、ずばり国王の従弟のオルレアン公が開明的な啓蒙主義者風の立場で保守的な国王を批判、民主を扇動して、あわよくば国王の地位に就こうと考えていた。他の貴族は特権階級への課税を何とか企画倒れに終わらせようとしていたのに違いはない。

三部会の主眼は特権階級への課税の是非だったので、ある意味アベコベな事をやっているのだけど、強権で重税を課そうとする王に対する抵抗者として世論の支持を取り付けて三部会の力で特権階級への課税を逃れようとしたのだと思う。結局はオルレアン公も処刑されることになるのだけど。

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