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慶応大学の入試科目に国語がないのは昔からですか?

zxs********さん

2015/6/1717:33:41

慶応大学の入試科目に国語がないのは昔からですか?

補足なぜ国語がないのでしょうか?小論文で実力がわかるから。

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ベストアンサーに選ばれた回答

2015/6/1812:21:18

大昔に慶應義塾の法学部法律学科を卒業したOBです。
慶應義塾は昭和41年までは経済学部・法学部・商学部・医学部・工学部と文学部を除く全ての学部で1次試験の合格者に対して2次試験として、小論文を課していました。課題は一般的なもので例えば、昭和41年度の経済学部の小論文の課題は『慶應義塾経済学部への期待』であり、昭和41年度の法学部の小論文は『目的は手段を正当化し得るか?』でした。
翌年から工学部が2次試験の小論文から離脱し、1次試験での英語・数学・物理・化学の試験のみとなり、経済学部は昭和45年から当時の東大、一橋、東京外語の様に足切り目的での1次試験で簡易な英語・数学・小論文を課して2次試験で本格的な英語・数学・国語・社会の4教科入試を導入します。又、法学部は昭和34年までは1次試験として現在の商学部A方式と同一の英語・数学・社会の3教科入試の合格者に2次試験で上記の一般的な課題の小論文プラス面接試験を課していました。そして翌年昭和35年から数学の代わりに現代国語を課してこの年から昭和44年までの10年間、一次試験:英語・現代国語・社会、二次試験:小論文プラス面接の一般的な私大文系の入試科目となります。しかし、翌年昭和45年から英語と社会の2教科を必須として数学か現代国語から1科目選択という「英語・数学・社会」か「英語・国語・社会」かの二者選択の3教科入試
となります。これは当時、同じ塾の経済学部や商学部が英語と数学の2教科を必須としていたのに法学部だけが一般的な私大文系の入試科目だった為、同じ塾の社会科学系の併願がし難いと慶應連合三田会会長や慶應義塾評議員会会長など塾のOBから苦情があったことと当時、同じ塾の経済学部や商学部との併願より入試科目が等しい早稲田との併願が圧倒的に多くなってきて慶應義塾らしくない学生(私大文系専願者及び早稲田風のバンカラ学生)が増えた事、又、数学は苦手だが文学部には飽き足らない女子学生が得意の英語を武器として法学部に急増した為、当時の法学部の首脳が「財界に強い慶應義塾」の看板に傷が付くと心配して英語・数学を両方マスターした塾生らしい男子(英語と数学を両方勉強した東大、一橋及び塾の経済学部、商学部の併願者)を増やす為に上記の様な数学を取り込む入試変更に至ったみたいです。その後、数学重視を徹底して、昭和48年から英語・数学・国語・社会の4教科の1次試験プラス2次試験での小論文プラス面接という入試体制を昭和55年まで8年間続けます。そして翌年昭和56年から数学と現代国語を外し、その代替科目として現在の『論述力試験』が始まるわけです。従ってこの『論述力試験』は昭和56年から現在平成27年まで35年間継続されている慶應義塾法学部の一般試験の最大の特徴となっています。その間、平成2年から平成23年までセンター試験活用入試として英語・数学・国語・社会の4教科プラス2次での面接試験(2003年から廃止)という入試を行っていました。
一方、塾の看板だった経済学部は昭和50年からは4教科入試を廃止して英語・数学にプラスして一教科に偏らない社会の知識を試す本格的な小論文を導入します。この英語・数学・小論文という私大文系としては特異な入試体制はセンター試験導入の平成2年まで15年間続きます。いろいろの曲折を経て現在は
英語・数学・一般的な課題の小論文のA方式と
英語・社会・一般的な課題の小論文のB方式の2本立ての入試体制になっています。
商学部は昭和62年までは英語・数学・社会の3教科入試だけでしたが、昭和63年からは数学的思考力を測るという論文テストを導入しています。現在は英語・数学・社会のA方式と英語・社会・論文テストのB方式の2本立てです。
文学部は昭和54年までは英語・社会の2教科入試でしたが、昭和55年からは小論文を導入しています。
医学部は昭和20年から30年前半まで入試科目として英語・数学・理科2科目に社会がありました。これは戦後、新制医学部専門過程が先に設置され、教養過程に相当する新制の医学部進学過程の設置が遅れた為、医学部の進学過程を経済学部と法学部に特別クラスを設置して依存していた為です。この当時は慶應義塾以外にも武蔵大学や成蹊大学には政経学部や経済学部に医学部進学過程が併設されていましたし、現在の神戸大学医学部の前身である兵庫県立神戸医科大学は教養過程の医学部進学過程がなかった為、神戸医科大学進学希望の高校生は同じ兵庫県立の兵庫農大か兵庫県立の姫路工大のそれぞれ医学部進学過程に出願していたのです。
作曲家の小林亜星は塾高から成績が良かった為、この慶應義塾の経済学部の特別クラスにいたのですが、ジャズにはまって医学部進学過程相当の特別クラスから経済学部に進学した訳です。
医学部は
今でも1次試験合格者に2次試験として小論文、面接、健康診断を課しています。

質問した人からのコメント

2015/6/24 15:01:41

回答ありがとうございます!

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

cas********さん

2015/6/1718:26:50

そうですね。

一つには福沢諭吉先生が実学を重視したことが関連していると思いますよ。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

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