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三国志(正史)での北伐の蜀と魏の最強武将と言える魏延と張郃では、どちらの方が優...

tam********さん

2015/11/718:56:29

三国志(正史)での北伐の蜀と魏の最強武将と言える魏延と張郃では、どちらの方が優れていたと思いますか?

僕としては、格下の蜀相手に戦死した張郃よりも、圧倒的格上の魏相手に生き残った(死んだのは蜀の内部抗争)魏延の方が凄いと思います。

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sho********さん

2015/11/811:55:46

魏延は生き残ったから凄い、ってのは極論でしょうに。
何故生き残れたかと言えば諸葛亮の指揮宜しきを得たからですよ。

郭淮に勝ってるのも、当時の将領としての格を考えれば当たり前の話。功績は功績だけども、当時の成長途上の郭淮と円熟期の魏延では魏延が勝って当たり前な感もある。

張郃は古強者の劉備も畏れてますし諸葛亮も同様です。
曹操時代からの実績も魏延とは比較になりません。

魏延は私も好きですし、実力のある将領だとは思いますけど張郃とは格が違い過ぎますかね。
せいぜい一戦場での遭遇戦とかなら魏延が上回る時もあるかな?ってトコです。

質問した人からのコメント

2015/11/13 21:56:24

なるほど、張郃の方が上手ですね

ベストアンサー以外の回答

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2015/11/815:06:53

比べるまでもなく。

自ら定めた君主の敵。
さっきまで轡を並べた味方。
どちらの手により落命するのが
武人の道理に合うかと言えば前者。

将才においても袁紹の頃から
一軍の将としての長い経験があり
夏侯淵の死後に郭准と共に軍をまとめ
曹操に処断されなかった歴戦の将。

かたや将として経験を積むも
諸葛亮との折り合いが良くなく
死後に混乱を招き悪名を背負わされ
子息共に処断された反骨の代名詞。

2015/11/814:11:37

『三国志研究入門』にて、日本における諸葛亮研究の代表として紹介されている、宮川尚志氏の『諸葛孔明』に、以下のような文章があります。

<諸葛亮の幕下には遺憾ながら、三軍を指揮するに足る知略縦横な高級指揮官が見出されなかった。
魏延・姜維らはむしろ、一軍の司令官に堪えられるくらいであったろう。
魏の張郃・呉の呂蒙の如き将才が蜀にあり、孔明を輔けたとしたならば、彼の中原北伐は意外な進展を見せたかも知れなかった。>

ここでは、
三軍を指揮するに足る知略縦横な高級指揮官=張郃
一軍の司令官に堪えられるくらい=魏延
としております。

張郃の方が圧倒的に格上ということです。
私もこの意見に同意します。

pet********さん

2015/11/719:35:32

戦略眼では張郃、破壊力では魏延、みたいな印象?
張郃はとにかく慎重派です
対して魏延は、長安急襲のような博打を計ったりします

張郃が戦死したのは、張郃が反対した無理な追撃を強要した司馬懿のせいなので、なんとも
故三省という歴史家は「司馬懿が張郃の武名を恐れていたから失敗させたのだ」だと言っているそうですし、作家の陳舜臣や宮城谷昌光も同じことを言っています

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