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遺跡について全く知識がないのですが。 よく遺跡の跡地で復元された建物があり...

u_t********さん

2015/11/1016:17:56

遺跡について全く知識がないのですが。

よく遺跡の跡地で復元された建物がありますよね。
遺跡の跡の写真を見ると、杭がうってあった穴とかがあるだけに見えるんですが、上に建っている復元

された建物は杭の穴を頼りにある程度想像から建てているのでしょうか?

住居だったり、物見櫓だったり、その判断も穴のみから推測されているのでしょうか。
建物も高さもどう判断されてるのか不思議になりまして。

教えて下さい。

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ベストアンサーに選ばれた回答

lon********さん

2015/11/1216:26:20

まず遺跡に残っているのは穴だけではないのです。
沢山の遺跡の中には偶然腐らずに残っている木材もあり、
同じように偶然腐らずに残った植物性の屋根材もあります。
火事に遭った建物などは炭化して腐食しにくくなった木材が
残っていることが多いので、良い研究資料になります。

また太い柱穴などでは底の土の固さと周辺の土の固さを
比較することで、柱にかかった重さを算出し、
建物の高さを推定するといったこともなされています。

ただし、その建物が物見櫓だったか神殿だったのかは
その建物が集落遺跡のどの場所にあったのかなどの
状況を元に推定されます。

それでも、推定の要素がかなりありますので間違いはあります。
面白い例ですが、
竪穴式住居の屋根には土が被せられていたという説が
最近になって出てきています。

一般に復元された堅穴式住居の屋根には土など被せられて
いませんが、火災に遭って偶然良好な状況で残った遺跡から
分かったことのようです。

これまではそういう良好な状態の遺跡が出てきても屋根材の上に
乗った土は、全て後から堆積したものという先入観があったので
分からなかったようです。

最近になって分析技術が向上したので
そういう遺跡の土砂を分析して土の性質を調べたところ
建物が焼けた時に熱を受けた土と後に堆積した土を
区別することができるようになったので
わかったのだそうです。

神武東征伝説の中に土の中から土蜘蛛の一族が出てきて
神武天皇の軍勢を苦しめたとありますが
当時の下層民は実際に土の中に暮らしていたようですね。

質問した人からのコメント

2015/11/12 17:35:56

とても詳しく丁寧なご説明ありがとうございました。
ずっと疑問だった事がとても良くわかりましたし、何よりすごく楽しく読ませて頂きました♪
long1949tail様にご回答頂けて良かったです!
本当にありがとうございました☆

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