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同心の給料は三十俵二人扶持と言いますが、同心をクビになったら給料はどうなるん...

f_r********さん

2016/1/3100:57:18

同心の給料は三十俵二人扶持と言いますが、同心をクビになったら給料はどうなるんでしょう。
旗本と違って御家人でも身分の低い同心は原則一代限りの奉公だったと聞きます。

うまいこと親から子へと御役を引き継げればいいのですが不始末をしでかしてお役御免になったら幕府の役人でも徳川家の家臣でもなくなるので収入がなくなってしまうんでしょうか。また、同心をクビになったらその身分は浪人になってしまうんでしょうか。旗本や由緒ある御家人ならお役御免でも将軍直参の立場は守れますよね。でも世襲が原則認められない身分の低い御家人はどうなるんですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

kur********さん

編集あり2016/1/3107:42:35

幕臣の中で御目見以下の御譜代席、御譜代准席で諸組与力・諸組同心・御徒などを指して御家人と言っていましたが、これにも2~3の例外がありました。与力と同心は御家人の中に含まれていましたし、旧来の足軽階級に等しい者は総じて御家人と称して差し支えありません。与力と同心の中には、どの組にも御譜代席・御譜代准席・御抱席の者がいますが、町奉行所に所属する与力と同心のうち御抱席の者は御家人と言っていません。町奉行所に所属する与力と同心は犯罪者を検挙逮捕したり、処罰する卑しい職とされたからです。

江戸時代以前の弓足軽・鉄砲足軽・長柄足軽その他の職分に分かれていた足軽は幕府においては小十人組・御徒・与力・同心と言う階級に分かれ、その大部分は与力と同心の2階級になりました。このうち小十人組と御徒のみは御目見で、他は御目見以下の御譜代席・御譜代准席・御抱席です。
士分の下限である小十人組と御徒は御譜代席でしたから、平時になって人員過剰だからと言って整理するわけにもいかず、勤務が行き渡らない者の給与を止めるわけにも行かないかったのですが、与力と同心は江戸時代以前から戦時に臨時雇用としたのが多いので人員整理する事ができました。そうした用意のために一代限りの御抱席の者が多かったのですが、実際には与力と同心の人員整理は行われていません。それぞれの役職に分散配属されたのです。しかし召し抱えはいつでも打ち切られる状態に置かれていました。

幕府各組の同心の給与は最低15俵から蕃書調所勤番のように50俵3人扶持御役金3両を支給されていた者までいてさまざまです。ほとんどの同心階級はいつでも雇用を打ち切られる御抱席だったので、不始末をしでかし御役御免になると、もちろん給与は支給が停止され、農民または町人として生計を立てていたと思います。

質問した人からのコメント

2016/2/4 17:25:42

回答ありがとうございます!

ベストアンサー以外の回答

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ton********さん

2016/1/3117:57:12

簡単に言うとクビになれば給料は貰えなくなります。屋敷も「社宅」ですから立ち退かなければいけません

建て前上は一代限りの契約社員なのですが実際には世襲が認められていました

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