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あくまで私見です。宗教、葬儀には詳しくありません。 昔は人が亡くなったら多額...

arrive_arrive_arriveさん

2016/4/220:59:26

あくまで私見です。宗教、葬儀には詳しくありません。
昔は人が亡くなったら多額の費用でお通夜してお葬式して戒名つけてお坊さん呼んで初七日、49日法要、お墓納骨、法事などが当たり前にして

行われて、それが亡くなった方があの世で極楽浄土にいけると思われて手厚くしていたと思います。しかし、いまの時代は葬儀も家族葬や火葬だけでいい、またお墓も持たない。樹木葬や散骨でいい。持っても共同墓地でよい。
というニュースを見ます。
これは宗教感が変化しているのでしょうか?核家族化でこのような子供には迷惑をかけたくないという考えが広がったためでしょうか?

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mtjagj3950さん

2016/4/910:31:25

宗教法人が、信教の自由を曲解して、脱税行為をどうどうとしていたりして、誰も宗教で来世が保証されるわけではないと思い始めているからです。

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ベストアンサー以外の回答

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2016/4/907:20:29

やはり多額なお金を出せるほど余裕のある人が減っているのも大きな要因だと思います。年金なども減る一方ですし、晩婚化が進むことで親が亡くなるときまだ子供が小さかったり・・・。死んだ人間より生きている人間の未来で手一杯ということもあるのではないでしょうか??

余裕があればやりたいものだと思いますよ。

ただお金かければ良いというものでもないとも思いますが・・・。

2016/4/606:26:21

セルシオに乗ってる坊主を殺したい

という有名な言葉があるわ

2016/4/606:23:21

創価学会の者です。

世間一般では、「僧侶が葬儀に出席して導師となり祈らねば、故人は成仏できない」「『葬儀に僧侶』は仏教の本質」という考えがすっかり定着しています。しかし、実は仏教の本質でも何でもありません。「僧侶は葬儀に欠かせないもの」という観念が定着したのは、江戸時代に発生した「檀家(寺請)制度」以降のことなのです。

江戸時代、「キリスト教徒の拡大が幕府の政治体制をおびやかす」と危険視した徳川幕府は、キリスト教を禁止するために、仏教を利用して宗教統制を開始しました。日本国の全国民は、必ずどこかの仏教寺院に檀家として所属し、寺が発行する「寺請証文」で、自分がキリスト教徒ではないことを証明してもらわねばならないようにしたのです。

寺請証文は現在の戸籍謄本のようなもので、転居や結婚をはじめ、生活のあらゆる場面で必要でした。寺請証文がなければ、国民は日本国内で生活できないようにされてしまったのです。また、檀家となった者に対しては、所属寺院を経済的に支援するように義務づけました。すなわち、葬儀に僧侶を呼んでお布施を出し、初七日、四十九日などの法要も行って僧侶にお布施を出さなければならない、といったようにです。

その結果、寺院は、幕府権力お墨付きの権力機関となり、僧侶は民衆の生殺与奪を握るといってもよいほどの特権を手にすることになったのです。こうして、「僧侶が葬儀に出席して祈らねば、故人は成仏できない」「位牌、戒名、塔婆等は、成仏には不可欠」という、今日にまで現存する観念が成立し、人の死に乗じて僧侶が思う存分稼げるようなことになったのです。これにより、仏道修行そっちのけで檀徒にたかって贅沢を貪るような堕落僧が続出し、仏教の精神は歪められてしまったのです。それは、今日も変わりない状況です。

しかし上述の如く、「葬儀には僧侶が不可欠」という考えは仏教の本質ではありません。というのも、仏教の創始者・釈尊は、「私の葬儀は在家の人々に任せ、出家者、すなわち僧侶は、修行に専念していきなさい」(大般涅槃経)と訓戒し、自分自身の葬儀にさえ、出家の関与を許さなかったからです。また、創価学会が末法の御本仏と仰ぐ日蓮大聖人も、信徒の葬儀を執り行ったことはおろか、葬儀自体に参列された事実すらなかったのです。葬儀そのものが、本来、仏法とも成仏とも、関係ないのです。釈尊も日蓮大聖人も、葬儀については、別に何も説かれてはいません。

以上、葬儀の形式に「こうであらねばならない」という決まりなど、仏教上は本来ないのです。創価学会でも、日蓮正宗から破門されたのをきっかけに、僧侶の関与が一切なく、在家会員のみで執り行なう「友人葬」を開始しました。導師は学会の「儀典部」の人が行い、僧侶に対する高額な「心づけ」(御供養のお金)だの「お車代」だのといったものは一切必要がなく、せいぜい、葬儀業者への葬儀代がかかるだけです。

学会員でない一般の人の間でも、僧侶を呼ばない「家族葬」や、その他の形式の葬儀が広まっています。現代は江戸時代のような封建社会ではなく、主権在民の民主主義社会の時代です。いつまでも時代の残滓に引きずられることなく、自由な葬儀の在り方を考えてもよい時代なのであり、「家族葬」などを選択する人たちが右肩上がりに増えているというのも、道理なのです。

2016/4/523:41:42

時代によって変化してきた歴史も在りますから墓守り人もいない現在の形でしょうね!

2016/4/522:01:56

正直、

葬儀屋や坊主や墓石屋に払う金が

無駄な金だと気づいてきたのだと思う。

そんなことに、金かけていも故人は成仏しないしね。

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