ここから本文です

織田信長が楽市楽座というものをなりたたせたことによって得た影響として、おおざ...

0929runaさん

2016/5/2322:45:32

織田信長が楽市楽座というものをなりたたせたことによって得た影響として、おおざっぱに言うと町を繁栄させたことがあると思うのですが繁栄とは具体的に何を指しているのですか?

今日中の回答お願いします

閲覧数:
1,034
回答数:
3
お礼:
25枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

sto********さん

2016/5/2402:03:32

日付が変わってしまったので、もうダメですね。

「楽市楽座」現在は「楽市令」とされている政策自体は他の戦国大名や自治がおこなわれた寺内町や商業が盛んな都市ですでに実施されていました。

他の戦国大名や都市で施行された「楽市令」と織田信長が施行した「楽市令」の相違点は、まだ市が形成されていない町に「楽市令」の高札を掲げた事ですね。

織田信長が新加納に「楽市令」の高札を掲げた一年後に、新加納は市が形成される町に発展しました。

<繁栄とは具体的に何を指しているのですか?
Ans・・・市が形成されていない小さな宿場に楽市令の高札を掲げたことで市が形成される町に発展した。
具体的には、商売の邪魔をする輩らを大名権力によって取締り、商人が安全に商売できるように保障してやるので、その代わり商人には座役銭を納めるように命じたのが「楽市令」です。

  • sto********さん

    2016/5/2420:16:18

    何故「楽座楽市」と云わず近年は「楽市令」と呼ばれるようになったのか。

    座の解体を意味する「楽座」は正しくないという考え方により「楽市」政策のみが履行されたという解釈によるものです。

    同業者を統括する商人を商人頭に任じて、商人に対する統制をおこない、商人頭はそれら商人から「商売役」という名目で税を徴収し、大名に納入した。
    納入先が変わっただけで、実態として「座役銭」は継続しています。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

ベストアンサー以外の回答

1〜2件/2件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

ohi********さん

2016/5/2408:14:06

>その代わり商人には座役銭を納めるように命じたのが「楽市令」です。

などというトンでもないことを回答している方がいますが,全く逆です。

従来の中世における座は公家や寺社を本所として,ここへ座役を納める代わりに,仲間による流通・販売などの独占権が与えられていました。

そうしますと新儀商人(新興商人)は仲間には入れず,商売は座商人による閉鎖的な独占状態でした。これでは自由な商取引の妨げとなり,商業の発展にも悪影響を及ぼしていたのです。

それで織田信長は城下町に楽市令を出して,座役を廃止するとともに座商人の特権も否定しました。それで新義商人も自由に商取引へ加わることができるようになり,同時に出された関所の廃止もあって,流通・販売が促進し,町の繁栄につながりました。

hom********さん

2016/5/2322:53:07

おおざっぱに今風に言うと、
大胆な規制緩和でありとあらゆる商売人が集まり、経済も人も情報も集まった。
規制ばっかりで自由に商売が出来ないなら、織田さんの所へいってオワリドリーム掴もうぜ!
身分に関係なく、才能だけで認めてくれる、織田さんサイコーって感じですね。
当然繁栄しちゃいます。

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる