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戦艦大和、戦艦武蔵 何を目的につくられたのですか? 沈められる前に何か功績は...

sarudon1961さん

2016/9/401:33:54

戦艦大和、戦艦武蔵
何を目的につくられたのですか?
沈められる前に何か功績は残しているのですか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

2016/9/1011:18:09

▼日本は日露戦争の【日本海海戦】で完全勝利を収めて以来、国の運命は、制海権を掌握できるか否かの【艦隊決戦】で決まると云う考えが定着する。そしてまた、世界列強も【大艦巨砲主義】へと邁進していく。
しかし時代は航空機の急速な進歩により、海戦は【機動部隊:空母】を主力とする「航空機」による艦船攻撃に戦術は一変してしまう。旧日本海軍の中でも空母の有効性に着目したのは、山本五十六や源田実などの少数派で、その少数派が世界に先駆けて空母の有効性を皮肉にも証明してしまった。また日本海軍は、0戦(零式艦上戦闘機)の圧倒的な格闘性能と長大な航続距離で制空権を握り、日本機動部隊はミッドウェー海戦まで連戦連勝を続ける。
【大艦巨砲主義】の名の下「極秘裏」に建造され、最後の「艦隊決戦用」にトラック島泊地で長く温存される【大和と武蔵】も、やがて海軍兵士達の間では「大和ホテル」に「武蔵屋旅館」と揶揄され、また無用の長物【世界3大バカ】❶ピラミッド❷万里の長城❸大和・武蔵とまで囁かれてしまう。日本機動部隊も天王山の「マリアナ沖海戦」で、米軍の高性能「対空レーダー」による航空管制と「近接信管」の対空砲火の前に大敗し、レイテ沖海戦で【武蔵】はシブヤン海に消えてしまった。そして【大和】も沖縄特攻へ・・・
幻の艦隊決戦を夢見て建造された史上最大の戦艦大和・武蔵よ (◞_◟)ノ~~

▼CG動画:【戦艦大和】その栄光と終焉
http://www.youtube.com/watch?v=uc9JHQJ0f3s

▼日本は日露戦争の【日本海海戦】で完全勝利を収めて以来、国の運命は、制海権を掌握できるか否かの【艦隊決戦】で決まる...

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2016/9/1014:15:58

当時の世界中の海軍の常識は、
「戦艦どうしの大砲の撃ち合いで決着をつける」
という考えでした。これを「大艦巨砲主義」と言います。
だから海の戦いは「戦艦がいくつあるか」で勝負がつくと言ってもよく、また「戦艦の規模=その国の海軍力≒国力」でした。
そして重要なのが、戦艦の主砲のタマが届く距離です。日本海軍の発想は、
「敵のタマが届かない所から自分のタマを撃てば、こっちの一方的ターンじゃん!」
ということで、『大和』級戦艦の主砲が46センチ砲という、当時世界最大の主砲にした理由がこれです。
でも、これって「目標が遠ければ遠いほど、命中率は下がる」という高校レベルの数学でわかるのですが、それは乗員の訓練や、搭載していた弾着計算機(今のコンピュータの元祖・・・のようなもの)でカバーするという計算だったそうです。

また意外に知られていないのですが、戦艦大和・武蔵は当時オンボロ戦艦になっていた『金剛』『比叡』の代替でもありました。
事実、『大和』の就役時期と金剛の艦としての寿命(法律で決められていました)がピタリと一致します。『武蔵』はちょっと遅れましたが、建造当初の予定の就役時期は『比叡』の寿命とほぼ一致しています。
特に『金剛』は、老体に鞭打って太平洋戦争でけっこう活躍しますが、戦争がなかったら昭和17年1月には間違いなく廃艦→スクラップか標的艦として海に沈む、になっていたってことですね。

終戦から70年経った今では、
「飛行機の時代なのになんで時代遅れの戦艦なんて・・・」
って思うでしょうが、これはあくまで「結果論」であって、当時の世界中の海軍の常識は、あくまで「大艦巨砲主義」でした。
また、日本海軍の主流の考えも「大艦巨砲主義」で、山本五十六や、「空母を集中的に集めて、飛行機で軍艦を沈める」(空母機動艦隊)という発想を世界で初めて考えた小沢治三郎、「航空キチガイ」と言われていた大西瀧治郎は海軍の中でも超がつく少数派でした。
空母機動艦隊は真珠湾攻撃でおなじみですが、海軍内で非常識と言われていた山本五十六ですら「非常識すぎる」と何度も却下されています。
しかし、小沢治三郎があまりにしつこいので、
「じゃあ、実機使って演習して白黒はっきりさせよう」
ということになります。
”戦艦を中心とした水上艦隊(指揮官:山本五十六)vs空母機動艦隊(指揮官:小沢治三郎”
で演習をしたのですが、結果は水上艦隊はボッコボコにされ、空母機動艦隊はほぼ無傷。それも、当時未就役で真珠湾攻撃に参加した空母『翔鶴』『瑞鶴』抜きです。
この結果を見た山本五十六も考えを改めて、真珠湾攻撃のアイデアを思いついたそうです。当時山本の横にいた参謀が、山本が
「これ(空母機動艦隊)でハワイを叩けんかな・・・」
とつぶやいたのをはっきり聞いた、と述べて本にも書いています。
しかし、この結果を同じく山本の真横で見ても、「やっぱ戦艦最強よね♪」という考えを改めなかったのが、当時連合艦隊参謀長だった福留繁という人でした。
この人は対米戦で軍令部の作戦部長になった人ですが、この人は
「いくら(この演習や真珠湾攻撃、米軍が空母を増強している)結果を見せつけられても、私は(敗戦まで)戦艦万能という考えを捨てなかった」
と戦後に述べています。
結果論、かつ先の戦争を客観的に見れば、福留の考えがすごく古臭かったと、いくらでもボロカスに言えるのですが、当時は実は福留の考えの方が主流で常識的。海軍軍人の圧倒的多数の考え方だったんです。
だから、福留繁のような考え方の元海軍軍人は、山本や小沢、大西などの航空主兵論に否定的(どころかボロカスに批判する)な人が多いですよ。海軍軍人の伝記や思い出を見ても、感情的に山本などを批判している人は、大艦巨砲主義を死ぬまで捨てなかった人が多いですね。「海軍全滅」という結果が出ても「大艦巨砲主義は正しかった」「戦艦どうしの戦いに持ち込んだら勝てた」と言い続けた元軍人が多いので、海軍や太平洋戦争を研究する人は、そこを差し引いて読まないといけません。

「大艦巨砲主義が世界の常識」と書きましたが、アメリカ海軍も実はそうでした。
でも、真珠湾攻撃で空母と航空機の「とても非常識な」使い方を見せつけられたアメリカが、
「ナイスアイデアだ!日本海軍さん、そのネタもらうね♪」
とはコピペ、あるいはファイナルファンタジーの青魔道士のようにラーニングしただけで、そこがアメリカ軍の柔軟なところですね。だから「敵将」なのに、山本や小沢はアメリカ側の方が正当な評価をされていたりします。

2016/9/1003:25:26

国内は陸軍に対しての海軍の威厳。
海外に対してはというか、戦場においての抑止行為
「おら、こんなすごい船があるんだぞ」って処でしょう。
少なくとも原爆なんてものの発想ができる前の代物です。
各国に弩級戦艦が乱立したのも同意なのではないでしょうか?

ただ当時の前線における
ある種の最終兵器には違いないのでしょうし
戦略兵器の一種だとは思いますが。

原爆や核兵器が一足飛びのチートなんだと思います。

2016/9/807:24:40

アメリカに力を見せつけたんだよ
北朝鮮のように

pm2_5hyperさん

2016/9/715:57:04

今でいう大陸間弾道弾に例えるとわかりやすいですね。ただ「抑止力として持っているぞ、戦ったら強いぞ」という事を宣伝しなければ意味がないわけで、軍に丸ごと軍事機密の戦艦を与えたことが間違いで、建造段階から世界に公表して「すごいぞ強いぞ日本の超弩級戦艦」と宣伝すればアメリカの対日政策も少しは変わったとは思います。

また、大和・武蔵を作った頃が日本の造船溶接技術の頂点だったともいわれており、大和・武蔵を作った技術力が日本の戦後復興に役立ったと言われています、大和と武蔵は功績があったというよりは、日本の技術力の結晶であり、敗戦の屈辱をなめた少国民たちの心の砦なのだと思います。

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pf_inaさん

2016/9/520:45:42

大和や武蔵が完成する直前まで、海戦は戦艦の
砲戦で勝負を決するものと考えられていたけど

日本海軍がハワイ攻撃でそれまでの常識を覆し
空母を海戦の主力にしてしまった。

刀槍で戦っていた時に鉄砲が出現したのと同じ

超絶の槍を作ったけれど、その時には鉄砲が
出来ていたということです。

後知恵で批判は出来るけど、
1970年頃に今のパソコンのこと話したら
そんなスーパーコンピューターみたいなものが
個人で使えるようになるなんて夢物語だと
ほとんどの人が笑って馬鹿にするのと同じです。

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