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仏教を本を、ここ1,2年読んでいるものです。 仏教の見識がある方にお伺いします。

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ID非公開さん

2016/12/1123:50:03

仏教を本を、ここ1,2年読んでいるものです。
仏教の見識がある方にお伺いします。

生きることの勉強のためにたまたま本屋を通った時に見つけた
「真理のことば(ダンマパダ)」「ブッダのことばスッタニパータ」
岩波文庫、中村元訳の二冊を主に読んでいます。

これを読んで、まさに真理だと思い、執着はよくないとか
怒りの制することなどすべてが超重要だと思いました。

ですが、たまたま私の勤め先や取引先でも仏教に明るい人がいるのです。
その仏教に明るい人がどのくらい、どこで勉強したかはわかりません。
しかし折角だから休憩時間や居酒屋の席などで仏教の話が合うと思い
いろいろと話したのですが
今、思えば話さなかったほうがよかったと思っています。

まず会社の同僚は仏教知識を一度話せば止まらず、さらにその知識を嵩にかけて
仏教から少し逸脱して自分の考えを押し通そうとするのです。

今度は昔からの取引先の方は商談が終わってコーヒーを飲みながら
振り向けると、細かいというか四諦、八正道ではこうなっているとか
これは修行僧向けだから一般人は会わない、西洋哲学のがいいとか
つまり私が本に書いてある真理をいっても相手は「それはこうでこうだからこうなんですよ」とか
結局自分独自の意見を主張してるように感じるのです。

結局、私は仏教を個人的に勉強して内心の糧にするのがいいと思ったのです。
同じ仏教の知識に明るいといっても、その人の人柄、性格、信条、環境でかなり相違があり
同じ仏教を学んだからといって安心して話題を振り向けるのは疑問におもうようになったのですが

出家者、仏教のお仕事、大学などで専門に学んでいる方はもちろん除きますが、
一般的に仏教を学んだ方はどうでしょうか
その知識は自分の個人的なこと、内心にとどめておいて、周囲には余程のことがないかぎり閉口した方が
得策だと思うのですがどうでしょうか? 教えてください。

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ベストアンサーに選ばれた回答

hak********さん

2016/12/1216:32:27

余程の事がない限り仏教関係の話はしない方が無難でしょう。

なにせ眞に極めた者同士が巡り会うことすら稀なのですから。

そのような知音同士が酒を肴に語り合うことはまことに法悦至極ですし、積年の想いも互いに日の目を見るのでしょう。

しかしながら、本を読んで知識やフレーズを暗記しているとか、大学に行って勉強したのでは、眞の道人とはなりません。

世間話程度と決めて、なるべくその話題は避けましょう。

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hot********さん

2016/12/1317:00:12

伝え方がありますね。我慢して良く聞く。後で、聞いてもらえそうな時に、自分の考えを伝える。それも直接的でないように。関連のある脇の話ですね。聞いているときに思う事は忘れないように言わないように。または、言いたい気持ちを持たないようにすると、自然に伝えられたりします。職場ですから無理ですが、直接ぶつけてしまう方法もあります。がお勧めしません。根気がいりますよ。

iti********さん

2016/12/1316:30:59

何か必要があって話すのでなく、ただおしゃべりをしたいと思う心が求めているのは、必ず「称賛か共感」で、それが得られないと不満や怒りを感じ、苦になり、その結果「話さなければ良かった」「口を閉ざしていよう」と感じます。

それは仏教という「話題」のせいではなく、「人と話をしたい」心の奥にある「他人から称賛されたい。認められたい。共感し合いたい」という期待が裏切られたことによる不満であり、苦です。

だからご自分が気に入っているものがあり、それらの称賛や共感を期待して話をすれば、どんな話題で話しても不満を失望や苦を感じる可能性があります。


ダンマパダはブッダの経の中から「良い言葉」の部分だけを集めて美しく綴ったもので、スッタニパータは(中村博士の時代はまだ知らなかったのかもしれませんが)、今は、スリランカに古くからあった詩をパーリ語に翻訳して、三蔵に混入させたもので、本当のブッダの言葉である経ではないことが明らかになっています。

どちらも美しい詩文に酔わせ、人に気に入らせる(布教)目的で綴られたものなので、それらを読むと読んだ人はすごく気に入り、すごく気に入った人の心には執着が生じ、執着のある人は不満や苦を感じやすくなります。

「言わなければよかった」と思われた時、「(称賛や共感を)求めて得られないのは苦」と、ご自分の心の中の苦を観察なされば、それは素晴らしいヴィパッサナー、四諦の実践になります。

zys********さん

2016/12/1219:54:39

仏教は八万四千法蔵と言われるくらいたくさんの法門があります。
ですから何を信奉しているかで話の合わないこともあるでしょう。

でも、根本的には「人柄」です。
絡んでくる人は、何をやっても絡んでくるし、紳士的な人は
何を言っても紳士的なはずです。

ですから同じ仏教を学んでいるから、というよりも、人柄を
みてから話すべきだと思います。

nak********さん

2016/12/1216:20:38

知識を人から得ようが、書物から得ようが既知の科学的事実と人類共通のまともな価値観に基づいて、ご自分が判断されれば大きな間違いは起こさないと思います。

vai********さん

2016/12/1213:24:34

学んだ教えを自分だけのものにしておくならば小乗です。あなたが小乗を好むのはあなたの自由ですが。

「布教」はだいたいどの宗教でも大事だと言われています。自分が勉強して自分が救われて、そこで終わり!っていうのは、ちょっとレベルが低い。
自分に出来る形で周囲にも教えを伝えていく、自分以外の人たちにも救いのチャンスを広めていく、、、そういうことが大切であるわけです。

もちろん「自分の意見を押し付ける」のはNGです。そうなっちゃう人は勉強が足りないか、修行が足りないですねー。やり方がちょっと、よろしくない。

私はネットでブログとTwitterを使って仏教の教えや魅力を発信しています。まだ3年経っていませんが。私が書いた物を読んだのがきっかけになって実際にお寺に行ってみましたとか、行事に来てみましたとか、そういう人たちが今までに5人か6人いますよ。私が把握しているだけで。(黙っていれば分からないから、実際はもっといるのかも。)

多くの人が「仏縁」を持つきっかけを与えたいです。

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