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人類の大規模な分化は始まってると思いますか? 恋愛はある種の優生学であり、人...

tok********さん

2008/6/320:51:59

人類の大規模な分化は始まってると思いますか?
恋愛はある種の優生学であり、人はより優れた人、美しい人と子孫を残したいと思う所からすると、 それが恋愛で果ては結婚につながる。

そして当然、恋愛が上手くいかず生存競争に敗れる人々も出て来る。
お金のない人、容姿の悪い人等が落とされて行く。

いわゆる勝ち組と負け組の形となって現れる。
特に現代社会は金持ち、容姿端麗の者は神の様に崇められ、対象的に金のない奴、醜い奴は存在すら煙たがられ社会的に抹殺されますよね。

そこで質問何ですが、勝ち組(富裕層、容姿端麗)と負け組(貧困層、醜)と言う形でありますが、既に人類の分化は始まっていて、勝ち組の人々は現段階では社会的にではありますが、進化しておりこれらの人々が勝ち組の中だけで、交配を何世代にも渡って繰り返した場合は数千年後とかにはどんな形の人間に進化して、どんな社会構成を築いてると思いますか?

これはチンパンジーと人間が同一の祖先から枝分かれしたくらい大きな出来事になりますか?

逆に負け組の人々は生存競争に敗れたと言う事だから何れ地球上から消え去り絶滅すると思いますか?

中流の中での負け組が起こりそれが現在の負け組よりはレベルが上がるだけの事でしょうか?

この対象的な両者の未来の姿を生物学的、社会的な観点から予想して下さい。
(o^-’)V

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ogo********さん

2008/6/321:29:04

鎌状赤血球症というのをご存じでしょうか、遺伝性の貧血病で、赤血球の形状が鎌状になり酸素運搬能が低下して起こる貧血症です。遺伝の病気ですので、明らかに劣性遺伝ですが、今日までその遺伝子は生き残っています。これは優生学の観点からするとあり得ない事です。しかしこの病の赤血球はマラリアに強いため、マラリアの多い地域では自然選択において有利だったのです。すなわち、こういった多様性が人類が今日まで種として生き延びられてきた理由なのです。原始時代、醜く巨体な猿のような大男(ボブサップ)と格好よく美しい男(キムタク)がいた場合、女性達はどちらを伴侶に選んだでしょうか?
ご質問の様に現在の社会が続く限りキムタクが優勢です。しかしボブサップの子供をほしがる女性もいます。しかし出川哲朗の遺伝子をほしがる女性はいません。ですが一夫多妻制の現代社会では出川の遺伝子も残るのです。
種の多様性と自然選択は矛盾してるようで、なぜか絶妙のバランスを保っています。それは神のみぞ知る計画なのかもしれません。細身の美男美女ばかりだと氷河時代は乗り切れなかったと思います。

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nya********さん

2008/6/422:58:52

数千年では何の変化も起こらないですよ。進化論的には数千年は一瞬です。種が滅んだり、大繁殖するだけなら
数千年でも十分でしょうが、進化や変化するには数千年では時間が経ってないのと同じです。
もっとも、人為的に交配をして犬や植物のように品種改良するというのなら話は別です。

a29********さん

2008/6/322:28:30

勝利への執着が遺伝的な要素ならば、
勝ち組(金、美、勝利に執着する者)の者達だけで交配が進めば、いずれは何事よりも勝利を優先する姿勢が強くなり、
つまり、卑怯なヤツが生き残ると思います。ですから、突然変異的にブサイクに生まれた存在が、超高額な整形手術を繰り返して、
世界一の美人になり、尚かつ整形の事実を知った者達を影で抹殺して行き、世の表層に現れる異性と交配し続け、
ブサイク遺伝子が世界中に蔓延する事になるかもしれず、そこに残るのは、勝利、美、金への執着に繋がる遺伝子ではなく、
卑怯を成す遺伝子なのではないでしょうか。

対して勝利への執着のない遺伝子達は、
許容の精神を持って人と接し、多様な人々と交わり、そこには幾多の差異による苦悩や絶望が待ち受けど、多様な形に変貌し、
その社会は多様な存在の寄り集まる所となり、あるいは集団心理が大きな力を握る社会となり、
それは即ち現代ではなかろうか。

ブサイクだって、金ができれば結婚できると知れば、必死で金を作りたがるかもしれない。
悪を成せば簡単に金が作れるのだと知れば、バカだって金持ちになり得るでしょう。
ならば、誰だって結婚できる。
金への執着という人間的な要素が、
美しさという、生物が本来愛するべきであろう要素の価値を低下させているのではあるまいか。
人間の感覚にとっては、もはや“美しさ”などという要素は、時代の風潮によって定められるものなのかもしれず、
であれば、どんどん“美しさ”は変わってしまう訳で、人類の有史以来定められている“美しさ”というのはあり得ず、
となると“美しさ”の偏りは、現れないのではないか(時代によって変わってしまう。よって分化されない)。
それに、美しくなる遺伝子が優性遺伝子とも限らない。
二重まぶたになる遺伝子は、一重まぶたになる遺伝子よりも、優性遺伝子らしいですが、
一重まぶたで美人な人も、腐る程いる。
髪の毛の色は黒色が優性で淡色が劣性らしいですが、
最近の若者の一部は、好んで脱色したりする。うっすらと茶色に染めたがったりする。
髪の毛が黒い事の多い日本の中では、ブロンドの外国人に、ブロンドだというだけで憧れたりする。


人類の大規模な文化は始まっていないと思います。
むしろ、人類の、これまでにない多様化が進んでいる様に思います。
ですから、皇族の中に一般人が招かれたり、差別を撤廃したがったりするのではないでしょうか。

素人意見です。途中、自分でも良く分からない事を書いた気がします。
良く分からんですが、あしからず

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