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戦国時代に攻城兵器として 「亀甲車」なるものが存在したと聞きますが?

tou********さん

2008/6/917:42:11

戦国時代に攻城兵器として
「亀甲車」なるものが存在したと聞きますが?

補足1.存在の有無。
2.発案者。
3.使用戦場・軍団・戦果。
4.改良・発展の是非
を知りたいのでお願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

nmu********さん

2008/6/1113:06:48

1. 存在していたはず(本当に亀甲車と呼ばれていたのかには疑問もあり)
2. 加藤清正の陣中、一説には森本一久とか飯田直景とか言われる
3.一説には 文禄の役、普州城攻略戦と言われる。戦果はあったと言われるが詳細不明
4. ろくに発達せず

この種の人力/畜力の装甲車で安全に城に近づこうというアイディアは古今東西に広く存在し、当たり前ですがたいていは似たような形態です。
「亀甲車」と呼ばれる物も、この一種であり、別段珍しいものではありません。
中国の春秋戦国時代の文献に似たものが載っていますので、教養のある武士なら知っていて不思議なものではないんです。
もちろん、自力で思いつくのも難しくはないでしょう。

ただし、このタイプの人力攻城装甲車は、平城の多い中国やヨーロッパでは珍しくも何ともないものですが、山城が一般的だった戦国中期までの日本ではあまり使い道の無いものでした。
こんなものが山腹を登れるはずがないですから。
日本国内ではあまり使われず(局地的に似たものが使われたらしい記録はあちこちにありますけど)、朝鮮出兵で登場するのも、普州城が平城で、平地に堀の無い城壁を持っていたためでしょう。
戦国後期には日本にも平城が普及しますが、多くは広い堀を持っていますし、鉄砲や大砲が普及すれば人力攻城装甲車は廃れる(攻城大砲を工夫するほうが効率的)ものですから、やはり一般的にはならないわけです。

質問した人からのコメント

2008/6/16 16:10:29

回答していただきありがとうございます。
昔に読んだ小説の中に登場していたもので気にかけておりました。
(確か菊池寛氏の「加藤清正」だったような。)

ジャンルは違いますが
「戦国自衛隊」では武田軍に装甲車が突っ込んでいましたが
(山本勘介にゲリラトラップで撃破されてましたが)
信長が長篠あたりで信長が移動砲台として改良していれば
…となんとなく愚想しています。

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mad********さん

2008/6/917:43:21

聞きますが?・・・・・・」のあとは?

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