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江戸時代の庶民の「天皇(天子)」の捉え方 こんにちは。

suk********さん

2017/2/2315:56:47

江戸時代の庶民の「天皇(天子)」の捉え方

こんにちは。

江戸時代の庶民は、天皇の存在自体を知らない人が多かったと聞いたのですが、

1.江戸時代の庶民は、将軍が事実上の天皇の臣下だと言う事を知らなかったのですか?

2.江戸時代の庶民は、将軍を国で一番偉い存在だと思っていたのでしょうか?

3.江戸時代の庶民は、将軍をどの様に呼称していたのでしょうか?

以上3点、よろしくお願い致します。

江戸時代,庶民,将軍,天皇,臣下,丹波山国郷,高山彦九郎

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qqm********さん

2017/2/2316:19:56

1
知りませんでした。
2
そう思っていました。
3
公方様ですね。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

真田節さん

2017/2/2318:00:04

1、2基本的に江戸時代の庶民は上から命じられたことを平伏して聞く存在だったから上のことなんかよく分かってなかった。
その命令を発する上は大抵幕府や大名だったから、当然最も偉いのはそれらと思っていた。
ただ京都の雲ヶ畑は御所も使う賀茂川を汚してはならないと気を使い、丹波山国郷や大和十津川郷は歴史的経緯から伝統的に勤王の土地柄だった。
高山彦九郎は太平記を読んで勤王家になったし、土佐では天保年間に庄屋が勤王を誓い合うことがあった。
また尊号事件で東下した公家の中山が松平定信を叱った(事実は逆)ことで庶民が中山に喝采を浴びせたこともあった。
以上のことから庶民が全く天皇や朝廷の存在を知らなかったとは有り得ない。
とはいえ自分たちとは縁遠い存在と思っていただろう

3、幕府は公方、あるいは公儀と言われた

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