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中世ヨーロッパの時代の王様と言うのは、封建制度において諸侯の旗頭ぐらいのもの...

got********さん

2017/2/2816:20:10

中世ヨーロッパの時代の王様と言うのは、封建制度において諸侯の旗頭ぐらいのものですから権力は微弱だったと思うのですが、カール大帝、アルフレッド大王、スヴェン1世、クヌート王、リチャード1世、

フリードリヒ2世、ルイ3世、ウイリアム1世とかですと領土も多く名をあげた人ですからある程度は貴族や騎士とかも大人しくしたがったのでしょうか。

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わっかさん

2017/2/2823:47:01

王はもともとはゲルマンにおける部族の軍事的指導者だったもの。各地に定住しさらに外敵の新たな侵入(ノルマン人、マジャール人、イスラム教徒など)に伴い、地域を直接支配する公たちに権力が分たれ、その力を抑えるために派遣された王の官吏である伯も自立し、権力の細分化が進んだ。ゲルマン時代には戦闘的部族長であった王は、キリスト教化とともに、神に祝福された特別な封建領主という立場に変わり、権威を持って第一人者として支配する立場になった。王の権力はそういうわけで直轄地にしか及ばないものが多かったが、征服を行ったり、外敵を排除したり、身内の巨大な公を打ち破ったりすることに成功した王は、格別に扱われ、大王と呼ばれ、封建的従者となる諸侯から信頼と尊敬を寄せられていた。例に出されたのはそのような王たちである。やがて異民族や異教徒の侵入が落ち着くと、国王たちは周囲の封建諸領を、権威を利用しながら集約してゆき、中世末期には、国内でも最大の領地を王領として保有し、その豊かさ故に、最も大きな軍事力を保有する、いわば権力を併せ持った第一人者としての地歩を固めたのである。

質問した人からのコメント

2017/3/6 23:23:56

軍事的指導者から支配者へ変わる姿は日本の中世にも似てますね。

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mad********さん

2017/2/2823:06:10

国王は当時の言葉で「同身分中の一人者」と表現されていました。その中で権力を集中させることに成功した者がやがて国土を統一させて封建諸侯を屈服させていくというのが歴史の流れです。

shi********さん

2017/2/2817:21:46

まあ、日本の豪族みたいな感じで、その土地ごとに
有力所にひれ伏したのでしょうね。

tan********さん

2017/2/2816:24:44

分け前を多くくれる人がいい王様。
くれないなら従わない。

割りとシンプルでないでしょうか

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