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三国志いこう ところで、曹操の徐州大虐殺をどうみますか? 私怨なのか、戦略...

shimazu3turinobusenovelさん

2008/6/1305:47:42

三国志いこう

ところで、曹操の徐州大虐殺をどうみますか?
私怨なのか、戦略性に基づいたものか

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kotori672007さん

2008/6/1617:47:52

私は曹操の個人的感情の爆発であると思います。彼がした、数少ない失敗の一つです。

曹操は幼児より「奇警あり」といわれた、ひねくれ少年でした。本人に全く関係ない「宦官の孫」と言う世間のレッテルに反発していたからですが、そんな彼を非常にいつくしんでくれたのが、実父・曹嵩だったのです。
口うるさい叔父が嫌いで、「てんかん」の振りをして叔父をだまし、父に彼の小言を信用させなくした・・・という挿話もあります。

父は息子のためにものすごい大金をはたいて、「軍務大臣(司馬)」の官職を買っています。わずか半年ほどで辞めていますが、曹操を「大臣だった人の子」という装飾をさせるための出費でした。

そんな曹操にとって、父は本当に愛することが出来る親だったのです。
だから自分の拠点も出来、落ち着ける状況になったので戦乱から避難していた父を呼び寄せ、これからノンビリしてもらおう・・・と思った矢先の無残な死は、曹操を激発させるのに充分でしょう。
曹操は「仇父雪恨」(父の仇を打ち、恨みに雪ぐ)の旗印を挙げ、徐州に侵攻しました。

戦略的に言えば、大失敗です。
曹操はひょっとして中原の秩序回復が出来るリーダーになれるかも・・・と周囲に思われていたのに、この見境ない大虐殺で大きな失望を買い、地元人の裏切りによって呂布を引き入れてしまいます。
陳舜臣の小説「諸葛孔明」では、同じく地元の人の若き孔明も「虐殺を行うような奴の天下は認められない・・・」と思い、反曹操の立場になることを決意する・・・ありがちです。可能性は高い、と私は思います。

しかし曹操も一個の人間、最愛の父を無残に殺された怒りや悲しみは、また充分に理解できるところではあります。

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koukintou184さん

2008/6/1815:45:20

説のひとつですが

曹操は徐州大虐殺の2年前に30万人の元黄巾兵を味方につけています
でも、これ冷静に考えたらすごい数です
黄巾の家族も合わせたら100万近いです
兵を養う兵糧やお金はどこから出たのでしょうね

兵糧金銭的にのちに苦しくなったために兵糧強奪目的で襲ったという話があります
そのとき略奪と回りに悟られないよう、父の敵という大義名分(にしてもひどいけど)を掲げたという説です
周りの信用をある程度失ってでも兵を失いたくなかったのかもしれません

嘘か本当かは全く分かりませんが、個人的にはただの私怨よりは納得できます
いくら曹操が父を慕っていたエピソードがあり、当時息子と父なら父を重要視する時代とはいえ、長男が殺されてその黒幕を重用した人間のやることとは思えません
兵糧略奪ではなくても、敵討ち+何かしら勢力的な利益があったからこそ攻めたんじゃないでしょうか

waurazurreさん

2008/6/1409:04:06

<曹操の徐州大虐殺をどうみますか?>
私は私怨を大義名分とした戦略と考えます。
後の曹操に対する他国・民の反応や政治・内政の浸透を網羅してのご意見です。

私自身が三国志の知識が乏しい為、誤まった事を回答しておりましたら申し訳ありません。

参考にどうぞ。

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