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聖徳太子、復活って、無茶苦茶ですね。 厩戸皇子も荒唐無稽ですが、 聡耳王...

kha********さん

2017/3/2200:28:58

聖徳太子、復活って、無茶苦茶ですね。

厩戸皇子も荒唐無稽ですが、

聡耳王は、認めるべきでしょう。

いずれ、日本会議の瑞穂の国学院とのリンクでしょうかね。

蘇我入鹿(善徳)が聖徳太子と認めたらどうですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

i_l********さん

2017/3/2218:36:08

それが違うんです。
実際には全く逆で
厩戸王という表記はどの歴史書にもありません。

つまりこの名前も聖徳太子と同じく後の世(現代)の後付でしかありません。

結局は文部科学省は諡に近い聖徳太子と更に現代人が創りだした想像上の名前でしか無い厩戸王を教えようとしていたのです。
つまり聖徳太子が後の世の諡だと騒ぎながら、また更にまたもや想像上の名前を教科書に載せて教えようとしていたのです。

ただ文部科学省の官僚は頭いいいですから、説明されるとすぐに間違いを訂正しました。
ここは評価すべき部分です。

実際のところの聖徳太子の名前の説明は以下です。

慶雲3年(706年)頃に作られた「法起寺塔露盤銘」には上宮太子聖徳皇

『古事記』(和銅5年、712年)では上宮之厩戸豊聡耳命
『日本書紀』(養老4年、720年)では厩戸皇子のほかに豊耳聡聖徳、豊聡耳法大王、法主王、東宮聖徳と記されています。

隋書では名太子為利歌彌多弗利とあります。

日本書紀の表記を使うのであれば現代では馴染みのない上宮皇太子を使うべきでしょう。
若しくは厩戸皇子か厩戸皇太子です。
王は法主王などに使われています。

ちなみに厩戸王の厩戸は古事記と日本書紀から来ています。

当時の王の称号は天皇よりも低く各都道府県の長など皇族に使われていました。
古代は皇族が任命されることがよくあった。

もし正確に教えるのなら上宮太子聖徳皇がオススメです。

隋書にも太子の表現が使用されていますし、日本書紀にも同様の表現がされていますので
これを外すことはほぼ無理だと思われます。


ちなみに私のノートに詳しく書いています。

  • 質問者

    kha********さん

    2017/3/2403:13:08

    ヤッパリ、九州倭国の人だったんですね。九州倭国が、蘇我氏ダッタン国?

返信を取り消しますが
よろしいですか?

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質問した人からのコメント

2017/3/28 11:55:32

九州倭国は蘇我氏の国だったんですね。
蘇我善徳が聖徳太子だと、はっきり認めて欲しかったです。

中臣=藤原氏の歴史の紀記等、いつまでも評価して居てはいけませんね。

ベストアンサー以外の回答

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les********さん

2017/3/2219:47:25

いいんじゃない?

よく知られた名称だし。

nek********さん

2017/3/2208:34:56

蘇我善徳が聖徳太子ね…

蘇我馬子は息子の善徳に娘の刀自古郎女を嫁がせたわけか?(笑)

返信を取り消しますが
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iro********さん

2017/3/2200:32:15

王にはなった事が無い以上王子で。

返信を取り消しますが
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