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昔のボクシング レベル低かったですか? 試合前に酒飲んだりしてチャンプになった...

kamikaze4989123456さん

2017/4/819:04:49

昔のボクシング レベル低かったですか?
試合前に酒飲んだりしてチャンプになった
エピソードなどがありますが

レベル低かったのか、猛特訓のおかげだったのか・・・

例えば ピストン堀口とか

補足近代ボクシングは1度 断絶して
新しくできて歴史は浅いと思いますが

パンクラチオンの時代のボクシング テクニック
は流石にわかる人は、この世にいないのでしょうか?

断片的には、情報がありますが・・・

働いて、その後に試合をしていたとか
疲れないような、うまい身体操作などが あったと思うのですが・・・

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wamade01さん

リクエストマッチ

2017/4/907:09:36

二日酔いで計量会場(当日計量/現在は前日計量)に現れたボクサーなら実際に存在しますが、当然のことながら、極めて稀な例外。いわゆるレア・ケースであり、ほとんどのプロボクサーはそんな真似はしない。

プロ野球には、漫画「あぶさん」のモデルとなった永淵洋三を筆頭に、二日酔いでチームに合流し、試合に出場してホームランを打ってしまう規格外の選手がいましたが、「昭和の豪傑」として語られることが多く、けっしてマイナスなイメージばかりではありません。

野球、ボクシングと並ぶ昭和の花形人気競技であった大相撲にも、酒にまつわるエピソードは少なくない。

明治~大正期にかけて活躍した横綱太刀山は、ライバル力士のタニマチから取り組みの前夜に酒を振る舞われ、ほとんど二日酔いの状態で土俵に上がらされたが、見事な相撲で返り討ちにしたとの逸話が残っている。

歴史的な名横綱の大鵬と、球史にその名を刻むホームラン・キング王貞治の飲み比べも有名。先に一度潰れた王が、おおよそ小一時間眠った。目を覚ますと、大鵬は延々飲み続けており、1人で一升を楽々と飲み干した。

1980年代に人気を博したサモア出身の南海龍は大の酒好きとして知られ、一晩飲み明かすことも珍しくない。場所中でも平気で飲んでいた。そしてついに、泥酔して取り組みをスッポかす。腰痛だったとウソの報告をしたことがバレてしまい、そのまま廃業に追い込まれている。


球史を彩る昭和の名選手たちの多くが、フィジカルの強化に努める現代の選手たちと違い、シーズンオフは完全に休養していた。まったくと言っていいほど、身体は動かさない。

他の競技も大同小異ですが、スポーツ・サイエンスの進化と発展は、運動選手の生活を大きく変貌させた。しかしながら、それはイコールで競技の技術的レベルの進化と発展を意味しない。

顔面(頭部)と正面を向いた上半身のみを殴り合うボクシングは、試合直前及び直後の飲酒がもたらす悪影響は、球技よりも直接的かつ甚大です。コミッション制度が確立した現在(JBCの発足=1952年)、万が一にも二日酔いで計量会場にやって来る選手がいたら、間違いなく資格停止などの厳しい処分を受ける。所属ジムの会長も無傷では済まないでしょう。

コミッション制度が確立していない戦前、終戦直後の混乱期には様々な状況があったと推察されますが、それは何もボクシングに限った話ではありません。現代のボクサーたちは、昔の選手に比べれば総じてアスリートです。

フィジカル・トレーニングの普及と浸透が、ボクサーの高齢化の一助となっていることは事実ですが、人気花形競技だった昭和40年代以前とは、年間にこなす試合数がまるで違う。チャンピオンでも、1年に5~7試合(防衛戦×2~4+ノンタイトル、エキジビション)程度を戦った昭和のボクシングは、下積みの4~6回戦だけで10~20戦をこなす例も珍しくなかった。

毎月のようにリングに上がる選手も多く、ランカーになればボクシング1本で十分に食えたのです。それだけ需要があったということですが、毎月のように戦い続けるためには、持って生れた頑健な肉体に恵まれることはもちろん、ディフェンスがしっかりしていなくてはならない。

どんなに人気と才能があったとしても、ディフェンスができずにボコボコに打たれていたら、カットも含めたダメージから容易に回復できず、頻繁にリングに上がることはできません。

現代の日本のプロボクサー(メイン・イベンター)は、年間に多くても3~4試合。少ない選手は概ね2試合程度です。昔のボクサーは、2~4年程度で30戦近くをこなしましたが、現代の選手が30戦を消化するためには、10年近い時間が必要になる。

実戦経験が少ないということは、身体的なダメージという点ではプラスですが、技術の習熟に関してはマイナスと考えられる。当然ですが収入にも響く。年間2~3試合では、ボクシング1本で食えるわけがない。


世界タイトルマッチで死亡事故が相次いで発生した1980年代初頭を境に、ボクシングのルールは大きく変化した。世界戦のラウンド数が15から12に短縮され、レフェリーストップのタイミングも驚くほど早くなった。

「リスクを取って打ち合い、勝負を着けるのがプロ」

昔のプロは、文字通り心身の限界まで戦わなければならなかった。クリンチは臆病者、卑怯者の戦術であり、現在では珍しくなくなった省エネ・安全運転は概念すら存在しない。

クリンチ&ホールディングが易々と容認され、抱きついて時間をやり過ごし、プロボクシング最大の醍醐味とも言うべき接近戦、インファイトを安易な方法で潰すことが許される。距離を取り続け、勝負を回避し続け、駆け引きに終始しても許されてしまう。

レフェリングと採点基準の大きな変化は、現代のボクサーからインファイトのテクニックを奪っているのではないかと感じることが多い。駆け引きに際して用いるハンド&パンチフェイント、ショートパンチの応酬のみに限って言えば、確かにスピードアップしています。

しかし、それはそのまま現代の選手のスキルが優れていることにはならない。昔の選手に同じことをやれと言えば、問題なくできたでしょう。プロに求められるスタンダードが違う。そして接近戦の技術は、むしろ劣化していると思う。

ウィービング(肩を柔らかく保ちリズミカルに揺する基本的なボディワーク)とステップでリズムを刻み、スムーズに出入りしながら攻め込むチャンスを伺う姿は、ボクシングを象徴する動きだった。

現代のボクサーは、総じて頭(肩、上半身)を振らない。ウィービングでリズムを作る選手は年々歳々減り続け、上半身を直立させて戦う選手が大多数を占める。頭を振らない利点もありますが、バッティングによるカットや出血の確率は増す。クリンチワークで接近戦を潰すやり方も含めて、タッチゲーム化の傾向が否めない。


日本ボクシング界切っての理論派として名を馳せ、東洋圏のレポートを米本土に送り続けた功績を認められて殿堂入りを果たし、数少ない国際マッチメーカーとしても活躍するジョー小泉氏(WOWOWエキサイトマッチの名解説者)は、昔のボクサーの頑健さ、フィジカル・タフネスについて興味深い考察を行っている。

モータリゼーションの影響です。

現代の人間は、昔の人たちに比べて歩かない。昔の子供は、徒歩で山や峠を越えて学校に通い、家の手伝いを当たり前にやらされた。農家であれば、田畑に出て働く。生活は概して貧しく、いわゆる粗食です。

機械(工業)化と近代化、産業構造の大転換は、人間の体を脆弱にした。そうした観点に立つなら、ロープの本数増(3本→4本)、階級の細分化(8→17階級への大幅増)、ラウンド数の短縮(世界戦)やレフェリーストップの迅速化、前日計量の導入は妥当な措置であり、試合数の激減も、競技としての人気の衰退低迷は別にして、ごく自然な流れと評価できる・・・・


以下に、大変興味深い映像をご紹介します。

*アスリート達は本当により速く、強くなっているのだろうか?
日本語字幕版
http://digitalcast.jp/v/19843/


ボクシングで使用する用具はどうでしょう?

まずグローブですが、1980年代に日本のウィニング社が、詰め物にスポンジを使う技術革新を行って以降(それまでは動物の毛を使用)、目立った改善・変更は行われていない。

トランクスは一様にサイズが大きくなり、デザインも色も多様化していますが、マジックテープ式のグローブと同様、外面的な変化でしかありません。材質や重さも含めて、最も大きく変わっているのはおそらくシューズだと思いますが、それによって選手の運動量や手数が大幅に増加したというデータが報告されてはいない。

リングの素材(キャンバスの下に敷く敷物)にも、大きな改善が施されたという話はついぞ耳にしません。世の中に流布されないだけで、何も行われていない訳ではないかもしれませんが。


ご紹介した映像(プレゼン)の研究には含まれていませんでしたが、ジョン・マッケンローを始めとする元トップ・プロたちが問題提起しているテニスのハイテク・ラケットも、デビッド・エプスタインが指摘する問題と一致する。

フルフェイス型のヘッドギア、トレーナー(コーチ)が使用するボディプロテクターや特大のミット、逆に手袋のように小さなミット等々、練習用具には注目すべきバリエーションが増えましたが、世界中で活動する一流トレーナーたちのすべてが、例外なく新しい用具を使っているわけではない。

ボクサーたちが日常的にこなすジムワークも、個別に細かい工夫はなされているとは思いますが、基本的なメニューは昔と大きくは変わっていない。

グローブ着用のクィーンズベリールールが、19世紀半ばに成立。20世紀初頭、現在に続く階級制(正統8階級)が整備され、1930年代までにラウンド制(世界戦15R、地域王座戦12R、その他のメインイベント10R、前座8、6、4R)が確立された。

クィーンズベリー候の発案でスタートしたアマチュアの活動は、1904年のセントルイス大会以降、五輪の正式競技として採用。およそ150年をかけて築き上げられた技術体系は十分に成熟しており、用具もいたってシンプル。抜本的かつ大きな改善を望むのは、そもそも困難なのです。

  • wamade01さん

    2017/4/907:12:21

    1980年代以降の試合数激減は国際的な傾向であり、ボクシングの人気は下降を続けてきた。正確な競技人口は不明ですが、増えているとは考えづらい。「ベルリンの壁崩壊」により、旧共産圏(旧ソ連・東欧諸国、キューバ等)のステートアマと指導者たちが既存のプロに流入し、一時的に人材難を解消したかに見えましたが、米国の黒人の若者たちにメジャースポーツへの道が大きく開かれたことによる、根本的な人材の不足は解決されていない。

    東洋圏では、お隣韓国の没落(プロのみ/アマは日本より格上)が痛い。試合数の激減、フィジカルトレーニングの普及とともに、ボクサーの高齢化(40代の世界王者が増えた米英を中心とした海外)に貢献しているドーピングの問題も深刻化した。

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2017/4/921:14:44

間違いなく昔の方が、強かったです。

今はボクシング団体もたくさん増えて、挑戦できるチャンスも多くなりました。

それでも、井上尚弥は別格です。

ranchu15さん

2017/4/822:59:03

技術的なレベルは高かったですよ。

ただ、減量に対する知識・意識は低かったですね。
試合が終わると思う存分食べていました。
今のように普段からある程度の体重に収まるように
節制したりはしませんでした。
ガッツ石松さんやファイティング原田さんが
「10kg以上の過酷な減量」と言われますが
要は食い過ぎ・太り過ぎなだけです。

減量も低カロリーな物を少しは食べるのではなく
絶食と水分抜きですからフラフラです。

この状態で今とは違い、当日計量で15ラウンドも
闘ったのですから酷い時代でしたね。

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