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ソビエトの誇るWWⅡ最高傑作戦車 T-34について

ヨシフさん

2017/5/500:02:39

ソビエトの誇るWWⅡ最高傑作戦車 T-34について

ドイツ軍は、T-34のコピーを大量生産しようと構造を調査したが、アルミ不足でアルミエンジンが作れないため、断念した・・・というような記事を読んだ記憶があるのですが、ソ連はアルミ節約のために木製戦闘機を結構作っていましたよね?

普通、戦車と航空機なら航空機の生産を優先すると思うのですが、ソ連では航空機より戦車生産に貴重なアルミを使った・・・というちょっとした「珍事」が発生していた・・・ということになると思うんです

そこで、質問なのですが、なぜ、戦車生産に貴重なアルミを使ったのか?
ドイツ軍がT-34コピーを断念したのは、本当にアルミエンジンにあったのか?

この2点について、軍事史・兵器研究家の皆様のお考えをお聞かせください

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mer********さん

2017/5/700:03:49

まず、ドイツについてですが、他の方が言うように、当時世界第5位のボーキサイトを産出するハンガリーと1940年6月以降よりボーキサイト産出量第4位のフランスがあるのでアルミ不足ではなかった。

Tー34をコピーしなかったのはヒットラーがソ連製の戦車のコピーを嫌ったからと言う話もありますが、VK3002計画で、ダイムラーベンツ(DB)社のVK3002案はT34そっくりで、MAN社のVK3002案は、後のパンターです。両方とも形は違いますがT-34との戦いから得た教訓から傾斜装甲を取り入れた設計です。両社ともほぼ性能要求を満たしていましたが、勝負を決めたのは砲塔リングの大きさでDB社の方がリングが少し小さく砲塔の搭載不可能だったのでMAN社の方に決まった経緯があります。
ちなみにDB社は当初は、ディーゼルエンジンでしたが、最終的には両者ともマインバッハのガソリンエンジンを搭載する条件になりました。おそらく戦力化を急いだ為でしょう。

そして、ソ連側は意外にもボーキサイトが、あまり産出しない国家で、アルミは非常に貴重でした。
スターリンは、ルーズベルトに「対空砲とアルミを供給してくれれば、三年でも、四年でも戦うことができる。」と言ったとか。
貴重なアルミをソ連は、徹底的に節約しました。
しかし、飛行機のボディとかは木製でなんとかなりますが、乗り物に一番重要なエンジンだけは木製では作れませんし、ソ連の技術者は、米国から貰った貴重なアルミを最優先にエンジンに使用しました。

質問した人からのコメント

2017/5/7 09:48:14

やはり、T34よりカタログスペック的に優れた戦車を開発できた・・・ということに尽きますね

それと、仮にT34コピーがドイツ軍の正式採用(?)となった場合、ドイツ兵器メーカーの立場はなかったと思います

ドイツにとってT34から参考になったのは・・・傾斜装甲板によって得られる被弾経始効果ぐらいだった・・・ということでしょうか?

みなさん、ありがとうございました(^^)

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pad********さん

2017/5/611:00:10

アルミ製のディーゼルエンジンなら、1930年代、ドイツやソ連では航空機用のディーゼルで開発競争をしていましたから、ドイツも作ろうとすれば実現できたでしょう。

一つのシリンダーに2個のピストンを持つユンカースの航空機用ディーゼルエンジン。JUMO205は、当時最高性能の航空機用ディーゼルで、高高度偵察機Ju88に搭載されて活躍しました。
確かソ連もV12のディーゼルエンジンを開発し、爆撃機に搭載していましたから、(Charomskiy ACh-30)アルミデイーゼルエンジンを作るノウハウはあったと思いますが、ユンカースより性能的にには劣っていました。

戦後アメリカがユンカースエンジンをコピーして戦車に搭載しようとしたようですがうまくいかなかったと聞きます。

ドイツがガソリンエンジンを選択したのは、燃料やアフターパーツの供給問題や生産ラインの効率、生産をストップしてまでエンジンの機種変更できない切迫した状況があったのではないでしょうか?

ソ連がアルミエンジンを選択した背景には、泥濘やすいソ連独特の地理条件が影響しているのではないでしょうか?
可能な限り接地圧を下げて、雪解け時の泥濘でも自由に展開できる機動力にこだわった。
そのための大きなクローラ(無限軌道)軽量化のためのアルミエンジン、
アルミエンジンの実用化には、航空機用ディーゼルの研究で自信があった。

しかし、実際に生産するとトラブルも多かった。
先の方の回答にもあるように、オイルの消費量が甚大、ドイツやアメリカの戦車の10倍ぐらい消費する。燃料よりもオイルのほうが早くなくなる。
ソ連崩壊後の資料では、T34は平均200Kmでオーバーホールを必要とされたと言われている。
ドイツ軍がモスクワに迫り、工場が疎開し老人や女性が生産するようになると50Kmに待たないうちにオーバーホールが必要となる車両も多かったと言われている。

しかし、戦後のソ連はT34を祖国救済の救世主として祭り上げた。
アメリカ西側との対立の中で、祖国、赤軍の戦車は世界一、絶対負けないと宣伝した。
言論統制や秘密警察の権力が絶対のソ連は、今の北朝鮮のような状態だった。
実戦で、故障により死にかけた元兵士も、犬死した戦友を見た兵士も、T34に対する公平な批評はできなかった。

ドイツ側からして見れば、殺しても殺しても畑で育つソ連兵の数は減らないし、
撃破しても、撃破しても生産されるT34,
兵士も兵器も使い捨てのソ連赤軍だった。

かのポルシェ博士は、T34を評して回想録の中で
「T-34のあらゆる特質の中でドイツ人が有益と認めたのは、車体の装甲板の形状だけであった。」
と述べている。

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fig********さん

2017/5/520:48:03

アルミニウムに関しては全く見方が逆です

ドイツは同盟国ハンガリーから大量のボーキサイトを入手可能であり、占領したフランスでもボーキサイトは豊富だったので全く問題ありませんでした

逆にソ連はボーキサイトを殆ど産出せず、スターリンはアメリカに泣きついたのです
実際、ソ連はアルミニウム不足から木製戦闘機も試作しようとしていました

ドイツにはアルミニウム・マグネシウム合金のエンジンもディーゼル・エンジンも開発可能でした

しかし前者に関しては発火しやすい、耐久性がありませんでした
特にT-34に関してはエンジンに付随する防塵フィルターが油漬けした金属棒を格子状にした原始的なものであり、用をなさず
またV2エンジンの最大の欠点として潤滑油を大量に消費するのです
ドイツやアメリカの戦車の潤滑油積載量は1000km以上無補給で走行可能でしたがT-34の潤滑油積載量では精々200~220kmしかなく、カタログデータのような航続距離は得られませんでした

アメリカに見本として送られたT-34は最上に作られた5台のうちの一台でしたが
故障が多発、たった72時間で修理不能になりました
ソ連軍の公開されたデータでは66.7kmでオーバーホールが必要とされています

T-34のコピー云々はバトル・オブ・ブリテンで零戦使用云々と同じで不毛だと思われます

T-34の居住性の悪さ、砲塔バスケットがなく、砲塔が回転したら装填がやりにくくなる、戦車長が砲手を兼任せねばならない
それに懸架装置がドイツの戦争中期から採用していた優れたトーションバーでなくて、クリスティー懸架の最大の欠点である履帯が外れやすいこと

またドイツ製になれば改善されるかも知れませんが
通信機が中隊長車以上にしか装備されていなかった
変速機、ギアクラッチの故障の多発
(T-34のギアチェンジには46~112kgの負荷が必要とソ連軍には報告があり、斧でギアチェンジしたという話はあながち嘘ではなかったことになります)
また装甲が均質に作られておらず、ドイツ軍の貫通不可能と言われた口径の砲弾でホプキンス効果(貫通はしないが打撃により装甲内面で剥離、乗員を傷つける)で損傷するものが多発

ディーゼル・エンジンに関してはドイツは航続距離の必要な装輪装甲車ではさいようしましたが
戦車では採用しませんでした
なぜなら戦車に採用するならSPW(ハーフトラック)や車両も全てディーゼル化しなければ装甲部隊として意味がなくなるからです
アメリカも同様な理由でディーゼルの手に入りやすい海兵隊や対ソ連レンドリース以外でディーゼル・エンジン搭載型のM4A2を陸軍で採用していません

また第二次世界大戦中のディーゼル・エンジンの最大の欠点は加速力がないことです
ドイツの戦車の射撃は停止射撃を常としていますから交互躍進射撃のように停止射撃で援護しながらもう一方が移動の繰り返しの場合、加速力は必要なのです

ゴルバチョフのグラスノスチ(情報公開)により明らかになった後の1993年にクリヴォシェーエフのデータによると

ソ連軍の1941年6月22日の戦車・自走砲保有数は22600両
1941~45年4月の戦車・自走砲生産量は98300両

1941~45年の戦車・自走砲損失数は96500両

1945年終戦時ヨーロッパ戦線の修理中を除く戦車・自走砲は約10000両

ドイツ軍はソ連が生産した量の戦車・自走砲の大半を撃破したことになりますね
果たしてコピーT-34でこの戦果は得られたでしょうか?

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oba********さん

2017/5/500:58:46

アルミ合金で断念したというより、T34のV2型12気筒エンジンは
DOHC4バルブのディーゼルという当時有り得ないスペックでしたから。

当時のOHCは現在のようにチェーンやタイミングベルト、レース用の
スパーギアではなく、バーチカルシャフトとべべルギアで
カム軸駆動していたので、精密なギア加工をする必要がありますが
当時のドイツはギア加工盤が不足していて、航空機用OHC
(DBやJUMOなど)で手一杯、戦車用に増産する余裕はありません。
さらに12本のノズルとプランジャーを持つ高圧燃料噴射ポンプも
航空機用が優先されています。

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gyo********さん

2017/5/500:27:26

機体は木材で代用出来てもエンジンは代用出来ません。どこかに木材を用いて金属資源を節約しようと思ったら航空機に使うのもそれはそれで合理的です。他にはトラックの運転席を木材で作ることで鉄を節約するなんてこともやってました。そもそも初期の航空機は木と布で作るのが普通で、1930年代でも木製構造を併用した機体は珍しくありません。ソ連戦闘機は全金属製への移行が他国より少し遅かったというだけのことです。それと木材は重くなる代わりにリベット留めの金属板よりも表面を平滑にしやすく、航空機用としては抵抗が減るメリットもありました。この点を活かし切って成功したのがイギリスのモスキートですね。戦後になっても木材を併用したジェット戦闘機がイギリスやアメリカで作られています。
ちなみにT-34のエンジンは元々航空機用として開発されていたもので、30年代後半の航空機には馬力不足で不採用になったものを戦車に転用しています。

戦前から継続的に木製航空機を作り続けたソ連と違ってドイツの航空産業は早々に全金属製に切り替えており、後から木製の機体を新規に作るとそれはそれで大変なため強度的に楽な輸送機などを中心に木材が使用されました。戦時中にTa154という木製戦闘機を製造したこともありますが、接着剤の不良で空中分解を起こしています。末期の機体は否応なく木材の使用範囲が拡大されてますが。

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