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南北朝の動乱は、持明院統の光明天皇が即位する前ですか?後ですか?

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ID非公開さん

2017/6/1712:39:39

南北朝の動乱は、持明院統の光明天皇が即位する前ですか?後ですか?

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coo********さん

2017/6/2019:05:16

南北朝時代・・・後醍醐天皇(南朝側)が吉野行宮に遷った1336年(延元元年/建武3年)から、南朝第4代の後亀山天皇が北朝第6代の後小松天皇に譲位するかたちで両朝が合一を見た1392年(元中9年/明徳3年)までの、56年間をいう。・・・wikiより

光明天皇・・・在位:延元元年8月15日(1336年9月20日)- 正平3年10月27日


>明院統の光明天皇が即位する前ですか?後ですか?
即位、すなわち南北朝の動乱の始まりです。ということで、直前ととらえてもいいかも。


足利尊氏は1336年1月に入京し、同年5月に「湊川の戦い」で「楠木正成」を破り光明天皇を即位させました。そのため後醍醐天皇は、「吉野」へ移り、そこで朝廷を開いたのです。これによって、南北朝がわかれ、この動乱は約半世紀にわたって続くことになりました。

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