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家康の実子の中で

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ID非公開さん

2017/6/1813:57:27

家康の実子の中で

最も殿に向いていた
人物は誰ですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

yum********さん

2017/6/1816:33:27

この場合の「殿」とは、江戸幕府の中心となるべき人物と考えて述べます。

徳川家康が征夷大将軍になって江戸幕府を開いた当時の状況から考えると、正史のとおり徳川秀忠が最も「殿」向きでしょうね。
だからこそ家康は後継ぎに秀忠を指名しました。

結城秀康は、すでに豊臣家に養子に出した人物。それに傲岸不遜なところがあって、家臣団がついてくるか不安でした。
松平忠吉は勇猛でしたが、関ヶ原の戦いで負傷し、その傷がもとで夭逝します。
武田信吉は病弱でした。
松平忠輝は、次男の秀康と同じく、傲岸不遜で野心家なところがあって、実際に大坂夏の陣後にそれで身を滅ぼしています。
徳川義直・徳川頼宣は、家康が征夷大将軍を拝命した時点では幼少でした。徳川頼房に至っては、生まれたのは征夷大将軍拝命の5ヶ月後でした。

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

rek********さん

2017/6/1816:03:16

吉宗の祖父の頼宣ですかね。

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