ここから本文です

「この世界の片隅に」で右手を失ったすずちゃんに対する周囲のリアクションが全く...

val********さん

2017/7/411:29:57

「この世界の片隅に」で右手を失ったすずちゃんに対する周囲のリアクションが全くないのは何故でしょう?

北条家の誰ひとり右手に関する話題も心配もしません
夫も、わざわざ訪れた妹も、前から知っていたとしても
本人の心配はしても右手の話は全くしない・・・
痛みが残ってないはずないのに(すずちゃんも痛みを感じてる様子は無い)
見ないふり、気づかないフリをするのが当時の礼儀だったんでしょうか?
片手の人に草履を作らせるシーンも誰も「いいよ来なくて」とか言わないし
気遣いとかしないし・・・

閲覧数:
27,152
回答数:
4

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

grp********さん

2017/7/512:10:59

この作品は、そんな説明的なシーンや言わずもがなな事はほとんどすっ飛ばして見るものの想像力で埋め合わせてくれという作品ですからね。

原爆で肉親をすべて失ったかもしれないすずさんの痛み苦しみのような描写もほとんどありませんね。
この作品が「死」を直接扱うことがメインのテーマではないからです。
描写されてないからといって平気なわけではありません。
そのあたりはそれぞれで埋め合わせてくれということです。

質問者さんは高校生ぐらいでしょうか。
エンターテイメント作品ばかりでなく、もっと骨のある芸術、表現作品に触れることをおすすめします。

この質問は投票によってベストアンサーに選ばれました!

「この世界の片隅に 右手」の検索結果

検索結果をもっと見る

ベストアンサー以外の回答

1〜3件/3件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

reg********さん

2017/7/507:21:07

作品の大テーマが求めた果ての右手喪失シチュ
エーション、という面があり、日常パートとの
自然な擦り合わせという点で言えば、確かに
無理があるとは言える。
あの「手が不自由になる事」とはつまり、
絵を通した自己実現とか、ヨメとしての
“居場所”とか、創造力と共感力…といった
つまり“芸術家”の感性と現実の葛藤とか、
様々なものを具現化するための展開だったわけ。
そのために、日常の自然なドラマ部との食い合わ
せに、若干難が生じている面はあるとは思う。

が、戦時中だったんだから。片手どころか
顔面を大きく…とか、腕脚…とかいった
人が、巷(ちまた)に溢れていた時代だった、
というのを忘れてはいけない。
原作だと、すずさんと義姉の径子さんとが、
町の往来で見かけた空襲で無残に潰れた亡骸を、
見て見ぬ振りして通り過ぎる、通り過ぎなけ
れば今のこんな時代を生きていけない…と
いったシークエンスがあったりする。

史実だと、原爆が落ちた広島とその周囲の町では、
来る日も来る日も町のそこいらの辻々で、山の様に
積み上げられた遺体を、延々と野焼き(!)し続けて
いた…という。そしてそうした光景に、当初は
揺さぶられていた感情も、だんだん無感覚に
なっていった…こんな証言があったりする。
「世界」そのものが歪むのが、戦争とか戦災
とかいったものなのだ。

また、ワラジは本編をよく見てくれ。ワラジの
編み方、なんてのをそもそも知ってる人間が
あの町にはあまりいない。すずさんはその貴重な
一人だったんだから、「講師」として是非とも
必要な人材だったわけ。すずさんが漁村出身の、
つまり田舎娘だったからだ。
そしてそれは、足を痛めているお姑のサンさん
が、それでも瓶で精米したり編み物をしたり、
不自由な体なりに出来る事をやって仕事をこな
している、という描写と重なりもするわけ。

もっとも、痛みを感じていないはずは無いと
いうのは事実。右手を失って、たった10日後
には呉市の無差別焼夷弾空襲、ってんだから。
無茶。
ストーリー上そこは無かった事にしてしまった
のだろう。麻酔薬だって不足してるだろうから、
そんなにたくさん投与してもらえないだろうし。

作品の大テーマが求めた果ての右手喪失シチュ
エーション、という面があり、日常パートとの...

meg********さん

2017/7/421:35:18

すずさんが右腕を失ったのは径子の娘、晴美と一緒にいるときでした。
晴美は爆弾で命を失いました。

径子からは「あなたがついていながらなんで」となじられましたが、戦地に赴いた軍人さんが多数戦死していましたし空襲も激しくなってきているときでもあったので「命があるだけでも良かった」という心境だったのでは?

tw1********さん

2017/7/411:44:26

今もそれは変わらないと思いますが。
当時は、もっと片手・片足だからと甘えられる時代ではなかった事も大きいですが。

いちいち心配することは、傷に塩を塗るような行為でもありますし、無くて不便なことは本人が一番分かっていることかと。
言わない気遣いって言うのも、あるのですが。

むしろ、草鞋作りの集まりに、なぜ来なくて良いって言われなければならないのかが、分からない。
草鞋の作り方を、一から勉強してきては?

あわせて知りたい

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる