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80年代後半、男子プロテニス選手のイワン・レンドルは最強・最高の選手でした。 ...

遊び人の金さんさん

2017/8/400:47:26

80年代後半、男子プロテニス選手のイワン・レンドルは最強・最高の選手でした。
しかし、ウィンブルドンだけは優勝できませんでした。
特にボリス・ベッカーにウィンブルドンで3戦3敗していま

す(決勝で1回、準決勝で2回)。
ベッカーを苦手にしてたのでしょうか?
また。ベッカーとの対戦がなければウィンブルドンで優勝していたと思いますか?

閲覧数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

ari********さん

2017/8/407:46:53

当時、早いコートではサーブ&ボレーが主流、レンドルはストローク/サーブ/スマッシュは超一流でしたがボレーは明らかに苦手、ベッカーのような高速/重いサーブとボレーを持つプレーヤーには不利で苦手意識はあったと思います。
ベッカーだけでなくエドバーグ/キャッシュなど他にもウインブルドンの強豪はいたので優勝は難しいかもしれません(1回あったか無かったか程度)。

質問した人からのコメント

2017/8/9 08:31:24

結構迷いました。
皆さんご回答ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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ang********さん

2017/8/520:36:36

無駄に速いパッシングショット。もう一度魅たい~。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

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jtg********さん

2017/8/516:55:08

ベッカーが苦手だったのではなく、
芝を得意としてなかったのです。
サービスは良かったけど、サーブアンドボレーはほとんどやりませんでしたし。
ネットプレー自体が少ない選手でしたしね〜。80年代、90年代みたいなビッグサーバー有利、サーブアンドボレー選手が有利な時代にベースラインに留まるプレーでしたから優勝出来なくて当然です。
決勝進出した86年はベッカーに、87年はパッとキャッシュに、共にサーブアンドボレー、ネットプレーが得意な選手に破れてます。
どちらかの年の相手がベースラインプレーヤーだったなら、レンドルが優勝してたでしょうね。

kum********さん

2017/8/511:21:11

レンドルは確かに当時最強・最高の選手でした。

ストロークのイメージが先行していますが、サーブ力もあり、実際、芝でも強かったですよ。

でも、こと芝というか、ウィンブルドンだけは、ウィンブルドンに愛されている、という選手がいたことも確かです。

それが、ベッカーであり、キャッシュ、あるいはヘンマンだったんですよね。

レンドルは、本当にウィンブルドンに勝つために執念を燃やしてましたね。
それこそ、プライドを捨てて、ラケットメーカーもアディダスからミズノに代えて、フェイスの大きさも(若干)大きくして、とにかくウィンブルドンに勝ちたい、その執念はすさまじいものでした。

実力的には、ウィンブルドンで勝つことも十分アリだったと思います。
でも、結局、彼は、ウィンブルドンに愛されていなかった、としか言いようがないと思います。

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かものさん

2017/8/410:12:25

ベッカーとの対戦成績は11勝10敗で勝ち越してますね。
レンドルは敏捷性がないのが欠点なので、ネットプレーにはむかないですねえ。ウィンブルドン優勝はむずかしいかも。

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