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「古池や 蛙飛び込む 水の音」 松尾芭蕉の余りにも有名なこの俳句。 実は、弟...

gek********さん

2008/7/1817:26:33

「古池や 蛙飛び込む 水の音」

松尾芭蕉の余りにも有名なこの俳句。
実は、弟子の作品のパクリだったとは本当ですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

ha2********さん

2008/7/1822:46:00

正確に言うと、決してパクリではありません。
弟子が納得づくで放棄した作品を、芭蕉が一部改変したのです。

その弟子の名は、向井去来(むかいきょらい)。
後世、「蕉門十哲」と称された芭蕉の高弟の中でも、
榎本其角(えのもときかく)と並んで、筆頭格の高弟でした。
「去来抄」などの著書もある文化人でした。


元々、去来が作った俳句は、
『 山吹(やまぶき)や 蛙飛び込む 水の音 』 というものです。

去来は、一旦作ってみたのはいいけれど、
どうしても納得がいかないので、破棄しようとしたのです。
去来は、なぜ、この自作が気に入らなかったのでしょうか?

実は、日本では古くから、「梅に鶯」「竹に雀」「紅葉に鹿」などと同様、
「山吹に蛙」というのは、定番の組み合わせであって、
何ら斬新なものではありませんでした。
しかし、こういった定番の組み合わせというものは、
なかなか捨て難い面もあり、去来は、そこから先に進めずにいました。

去来は、悩みに悩んだ末、自作を破棄する決断をしたところ、
師匠の芭蕉が、「本当に捨てるのか?」と念押しした上で、
自分が引き取ることにしたのです。


その後、芭蕉は、
上五(かみご)の「山吹や」を「古池や」に改変して、
後世に残る芭蕉の代表作の一つとなりました。

定番の組み合わせを打破したとはいえ、
中七(なかしち)と下五(しもご)はそのままで、
上五を改変しただけで、一体どうして?
という疑問を抱く方もいらっしゃるでしょうね。


『 古池や 蛙飛び込む 水の音 』

学校でも習いますし、
この俳句を知っている日本人は、非常に多いでしょう。
この俳句の最大公約数的な解釈は、
恐らく次のようになっていると思われます。
(※)
(森林の中など静かな環境に横たわる)古い池に、
一匹の蛙が飛び込んだ。
水音と共に池の水面に波紋が広がり、
やがて、以前にも増して静寂が訪れた。

果たして、本当にそうなのでしょうか?


ここで、そもそも「俳句とは何か?」
その淵源を顧みる必要がありそうです。

「俳諧の連歌(はいかいのれんが)」と呼ばれた
日本独自の短詩文学の一形式があり、
この俳諧の発句(ほっく=第1句目)が独立して、
後の俳句になりました。

元々、俳諧は、「古今和歌集」「新古今和歌集」に代表される、
伝統的な和歌に対抗しようという試みとも言われ、
「形式美」や「雅(みやび)」を尊ぶ和歌に対し、
俳諧は「滑稽」や「俗(ぞく)」を追求しようとするものでした。
この点を如実に示す、次のような俳諧があります。

『 佐保姫(さほひめ)の 春立ちながら 尿(しと)をして
. . 霞(かすみ)の衣(ころも) 裾(すそ)は濡れけり 』

佐保姫とは、春を司る女神です。
「立ち」は、春が始まるという意味の「春立つ」と、
普通に使われる姿勢の一つである「立つ」との
掛詞(かけことば)になっています。

あろうことか、春の女神様に男性の如く立ち○○をさせ、
その結果、着物の裾がびしょ濡れになったしまった、
とからかったのです。
佐保姫という「雅」な存在を、
「俗」の世界へ引き摺り下したことになります。

ですから、松尾芭蕉が、向井去来の作品だった俳句の上五「山吹や」を
「古池や」に改変したことは、
「梅に鶯」「竹に雀」「紅葉に鹿」などと同様の「山吹に蛙」という
古くからの組み合わせ=「雅」を否定したことになります。

但し、ここまでの解析ですと、単に「雅」の否定に留まり、
「俗」の世界にまで引っ張り込んだ理由付けができません。
「山吹や」を「古池や」に変えると、
なぜ「俗」の世界になるのでしょうか?


松尾芭蕉は、中国の古い文献にも精通しており、
紀行文『奥の細道』を読むと分かりますが、
随所に、その知識が散りばめられています。
『古池や~』の句については、
中国・東晉(4~5世紀初頭)の時代、葛洪(かっこう)という人が
著した道教の書物「抱朴子(ほうぼくし)」に出て来る
【 羽化登仙(うかとうせん) 】 思想が関係しています。

蛙は水掻きを持っていますね。
その前足の水掻きが大きくなると、鳥の翼のようになって天に舞い上がり、
遂には仙人になる。
という突拍子もない思想です。

松尾芭蕉は、この羽化登仙思想を踏まえ、
天上に昇ると仙人にもなるとされる「雅」な存在の蛙を、
天とは逆の古池に飛び込ませ、「俗」の世界に引き戻したのです。
その方が、蛙にとっては「分相応」だという考え方もあったのでしょう。


長くなってしまいました。
『古池や~』の句は、上の方で書きました最大公約数的解釈(※)では、
和歌が追求して来たテーマの一つである、
「雅」の風景と何ら変わりません。
上述しましたような(俳句の淵源である)俳諧の連歌の拠り所の一つ、
「俗」の世界としての解釈が正しい、と私は確信しています。

質問した人からのコメント

2008/7/18 23:41:04

降参 物凄く勉強になりました。
詳細に解説して下さいまして、本当にありがとうございました。

俳聖・芭蕉の偉大さを、改めて認識しました。
俳句の世界は非常に深いですね。

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2008/7/1818:33:45

本当のことなど誰もわかりません、新聞は日付けテレビは天気予報以外を信用してはいけません。

bwd********さん

2008/7/1817:32:25

そう言う説がありますね。

また、奥の細道と同じ旅をした別の人のものだという説もありますね。

芭蕉隠密説の書物とかに詳しく出てますよ。

”奥の細道殺人事件”(斉藤栄だったかな)に結構面白く書かれていますよ。

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