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鴻門之会の、『項羽、大いに怒る』と『剣の舞』を

pdt********さん

2017/10/1220:00:10

鴻門之会の、『項羽、大いに怒る』と『剣の舞』を

現代語訳を見てもイマイチ話がつかめない人がわかるように、ざっくり分かりやすく説明してもらえませんか?
至急お願いします!

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ami********さん

2017/10/1517:50:11

楚の王様は真っ先に秦を破り咸陽に入城したものを関中の王とする。と言いました。

項王と沛公は協力して、二手に分かれて攻めました。

ちなみに項王の方が位が高い、総大将。沛公の方は位は下です。
二人で協力して秦を攻めていってるんだから、当然総大将の項王が先に咸陽を制圧して王になるのが一番いい形です。

でも、沛公の軍の人たちは沛公に王になって欲しいって思うんです、やっぱり。
そこで函谷関っていうとこで、項王が戦ってるときに、沛公の軍の一部がどさくさに紛れて項王を殺そうとして、戦いの邪魔をしたんです。
結局ここでは項王を殺すことが出来なかったんですけどね。
これが項王が怒った理由①


そして、先に咸陽を制圧したのは沛公でした。
ここで、なんと沛公側の曹無傷っていう人が項王に、
「沛公が王になろうとしてる!」って密告しちゃうんです。
①の理由とこれを聞いたことで、
「項王は大いに怒った」んです。


沛公は謝りに行きます。謝りに行ったところが鴻門。
それで『鴻門の会』です。


項王側の范増っていう人が、「項王様、ここで沛公を殺しておいた方が身のためです。」って言います。

沛公が謝りに来て、とりあえず仲直りしたんで、飲み会になりました。
その席で殺せっていうサインを、范増は項王に3回も出したんだけど、項王は無視するんです。
堪りかねて范増は項王のいとこの項荘に剣の舞をやってそれにかこつけて沛公を殺せって言います。

それで、項荘は「剣の舞」を舞います。


結局邪魔が入って殺せずに、沛公は逃げます。
結局、楚を滅ぼし次の王になったのは沛公です。

一方、
項王は范増に見捨てられます。
最期は楚の歌を歌う敵軍に包囲されます。
故郷の人々まで敵軍になってしまったと思った項王は自害します。
ここから生まれたのが『四面楚歌』ですね!

最後はテキトーですが、語りすぎましたね!すみません!

楚の王様は真っ先に秦を破り咸陽に入城したものを関中の王とする。と言いました。...

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