ここから本文です

日本史の「北伐」について説明お願いします。

アバター

ID非公開さん

2017/11/1720:52:11

日本史の「北伐」について説明お願いします。

田中義一内閣時に北伐を阻止しようしたところなど、北伐についても説明お願いします。

閲覧数:
134
回答数:
1

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

プロフィール画像

カテゴリマスター

goo********さん

2017/11/1721:32:34

北伐は南京国民政府の蒋介石が中国統一を目指してその壁となる北方軍閥を打倒するために起こした軍事行動です。
北伐軍は各地で勝利し、北京に迫ります。

その北京政府を実質的に謝意していたのが満州軍閥出身の張作霖で日本はその北京政府を中国の正式政府としていました。

田中義一首相と張作霖の関係は深く、日露戦争時に田中が張の助命をしてやったことから縁が出来、以後張作霖は満州で日本、関東軍に影で協力します。

昭和2年【1927】に東京で東方会議が開かれ、田中首相の主導の元、中国での特殊権益を守るためには武力発動も辞さないと決定しました。

同年、5月に北伐軍が山東方面に迫ると田中内閣は居留民保護を名目に派兵します。その時はいったん北伐が中止され両軍衝突は避けられました。
しかし翌年に北伐が再開され日本は第二次山東出兵を行います。今度は済南市で武力衝突があり多くの死傷者が出ました。(済南事件)

これは後の満州事変や日中戦争のプレリュードともいうべき事件で一気に中国の対日感情は悪化します。

国民政府軍は済南市を日本に占拠されると無理に決戦するのを避けて、北京に向けて進路を変え、1928年6月に北京を占拠します。
ここに一応、北伐はひと段落を付けます。張作霖はその直前に北京を脱出し故地の満州に戻って失地回復を期します。

その頃日本、関東軍と張作霖の関係は冷え込んでいました。次第に張は日本の言う事を聞かなくなり(ナショナリズムの高まりで少なからず張も影響を受けるようになっていた、日本以外の列強ともよしみを通じようとしていた)、国民政府軍に敗北したことでもはや価値なしと見た関東軍は奉天郊外で列車爆破工作を行い張作霖を暗殺します。

関東軍は張作霖の息子の張学良が日本に服属してくるかと思っていましたが、張学良は国民政府側に付きます。
ここに蒋介石の北伐は成就した事になります。

1929年3月に済南で国民政府と日本軍との間で和平がまとまり、日本軍は撤退して山東出兵は終了します。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる