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葬儀に坊主呼ぶ文化っていらなくないですか? 日本の慣習として人が死んだら坊...

hyo********さん

2018/1/1915:57:46

葬儀に坊主呼ぶ文化っていらなくないですか?

日本の慣習として人が死んだら坊主が葬儀に来てもらい、お経代、戒名代、通夜から初七日までの読経代、毎年お盆の5分ほどお経代、何回忌のお経

代など(これらをまとめて、以下、坊主代といいます)を支払わなければなりません。

ですが、これをやったからといって故人が喜ぶわけでもなく、むしろ多大な坊主代をふんだくられることによって嫌な思いをする家庭が多くあると思います。しかも殆どの場合来るのは、肉を食うわ酒は飲むわ女遊びはするわの生臭坊主です。それにより、故人とのお別れを汚すことにならないでしょうか。

しかもこれらの坊主の収入は非課税であり、坊主の存在は社会を構築する上で有益ではないどころか、不況日本社会を苦しめる有害因子ですらあると思います。

それにも関わらず、人が死んだら坊主を読んでお経をあげてもらうなどという文化が今のところ絶える気配はありません。

これはなぜですか?みんなが坊主にNo!を突きつければ穢れた仏教など衰退すると思うのですが、それをしたという話は聞きません。

そこで質問です。
①生前平均的な収入のあった死者は、遺族に高額な坊主代を出費させてまで坊主にお経呼んでほしいと思うものでしょうか?
②知んだら高額な坊主代を払ってお虚を読んでもらうという文化はやめにすべきでないでしょうか?なぜやめられないのでしょうか?
③百歩譲ってこの馬鹿げた因習が存続すべきであるとしても、坊主代は課税の対象となるべきではありませんか?

以上よろしくお願いします。

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回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

tzt********さん

2018/1/2203:17:46

①収入の多寡というより、個人の考え方次第で、憲法第19条の内心の自由の範疇でしょう。
ただ、個人的には全く思いませんし、1円たりとも払いたくありません。
何語で何を言っているのかわからないようなお経には、有難味を全く感じません。

②これも内心の自由で、やめることを強制できるものでありません。
やりたい人はやる、やりたくない人はやらない、に分かれるでしょう。
大切なことは、家族を失った悲しみを、遺族がそうする事により弔ったという傷心を癒す、自己満足の世界だと思います。

先月父が亡くなりましたが、通夜とか告別式などの、いわゆる「葬儀」はせず、セレモニー会場で遺体を安置して頂いて、誰も呼ばず家族だけで、私を含め家族の都合と火葬場の予定を考慮して日程を決め、荼毘に付しました。
父は信仰心はありましたが、葬儀に対する考え方は明確で、
「お金は生きている人に使うものだ。葬儀にお金をかけて、その結果、生きている人が経済的に困窮するようでは、成仏できない。」
とメモを残しており、その通りにしました。
早い段階からイ○ンに相談し、葬儀をしない事で寺ともめることが有るので、事前に寺と相談したほうが良いというアドバイスを頂いたので、もう父が危ないという時に先祖の墓のある寺に葬儀について相談に行きました。その際に、葬儀費として戒名によって100万、150万、250万、と料金表を提示され、戒名をつけないと墓にいれない、つまり最低でも100万は払えということでしたので、父が亡くなっても無視して、いまだに知らせていません。骨はあの寺に入れず、自宅に安置しています。

③私は税理士ですが、簡単に言ってしまえば、宗教法人には法人税と消費税は課税されません。他の業務(たとえば貸駐車場とか)を兼ねていれば、当然課税対象になります。
坊主は、坊主自身が経営する宗教法人から給与を得て、その給与には普通のサラリーマンと同じく課税されます。
ただ、お布施が振込みなら宗教法人の収入として把握できますが、上記②の坊主からは現金手渡しと指定されましたので、理論的にはその一部でも懐に入れれば臨時の給与として坊主に課税されます。ただ、現実にはそれを把握するのが難しいでしょう。
社会保障を名目に消費税率をUPするより前に、他にやることがあると思いませんか?
税務署も、頑張っている弱小企業の税務調査より、生○坊主に対する税務調査に力を入れてほしいものです。

  • 質問者

    hyo********さん

    2018/1/2320:46:22

    丁寧なご回答ありがとうございます。
    ただ、①②を通して、葬儀は通常死者に対する畏敬の念を込めて行う宗教的活動なので、憲法20条にいう信教の自由が問題となるところでしょう。もっとも、私は公権力行使の主体ではなく、憲法は公権力に対する規範である点、憲法上の権利制約の問題は生じません。仮に俺が強制的に宗教的活動をやめさせれば、人格権侵害に基づく損害賠償請求(民法709条)の可否が問題となりうるところです。

    ①について
    そのとおりだと思います。
    ②について
    やりたい人はやればいいと思います。ただヤクザ坊主が跋扈するのは、これにお金を払う人がいるからだと思います。よって、やむを得ない事情がある場合を除き、坊主に多額の金を払うのは避けるべきでしょう。それにしても提示された戒名代は法外で恐喝まがいですね。
    ③について
    全くもってそのとおりだと思います。大変勉強になります。手渡しにする点問い詰めても面白いかもしれませんね。

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質問した人からのコメント

2018/1/25 18:44:36

税理士さんからのご回答でした。他に何度か質問をしたことがありますが、今までで最も有益な回答でした。
質問にしっかりと答えていただき、税制の勉強になりました。基本的に質問に正面から答え、さらに勉強になるものについては、ベストアンサーにするという基準が私の中にあるのですが、まず質問に正面から答えるということすらできない回答が目立ちます。ま、所詮ネットだからでしょうが。
ご回答ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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iti********さん

2018/1/2410:36:46

賽銭は信仰によるお金でしょうが、葬儀や法要の時のお布施は実際には「サービスに対する料金」であり、税法上保護されるべき、宗教や信仰によって発生する物ではないように見えますね。

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sou********さん

2018/1/2120:45:53

まあ、そう言っても
なくならないでしょう

結局は、残された人達の自己満足の要素が大きいからね

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man********さん

2018/1/2018:46:03

>葬儀に坊主呼ぶ文化っていらなくないですか?

いらないです。
もともと江戸時代檀家制度(キリシタン弾圧のため)の名残です。
制度としては、明治に廃止されています。

ただ、お寺にお墓がある場合、それ人質にして、口約束で継続させられている人も多いです。

ただ皆だんだん気づいていますよ。潰れるお寺も増えています。
葬儀も回忌も坊さん抜きで「最後のお別れ会」「故人を偲ぶ会」とする人も増えています。

ご質問について
①熱心な仏教徒でなければ、そうは思わないでしょう。

②なぜやめられないか?
上に書いた通りです。ちゃんと考えている人はやめています。

③葬儀に坊さんが絡む因襲は、喪主が認識すれば、すぐやめられます。
しかし坊主の非課税はやめられません。
その理由は、
戦後GHQの戦後政策(農地改革)でお寺も土地を取り上げられました。その交換条件が「宗教行為は無税にする」というものです。(いわゆる坊主丸儲け)
簡単には、変えられないでしょう。
でも、葬儀に坊主を呼ぶ必要はないので、大きな問題ではないでしょう。

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jjy********さん

2018/1/2016:09:35

かげろうや

薬師参りの

有り難さかな、

あなたは神社仏閣にお参り、お守りや、お札はいっさい貰わないのですね、まあそれでもいいですけど。

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hoh********さん

2018/1/2016:03:31

坊主をよぶのは文化ではないよ

坊主の収入でもない

いつまでたってもこういう無知がでてくる

少しは調べてから書き込んだらどうなのかと思いますよ

仏教徒が亡くなったから仏式の葬儀式をするということです

それ以外は、なんちゃって仏式ですわ

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