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ポーランド回廊の帰属問題がドイツのポーランド侵攻そして第二次世界大戦へと発展...

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ID非公開さん

2018/2/1002:20:25

ポーランド回廊の帰属問題がドイツのポーランド侵攻そして第二次世界大戦へと発展していきましたが、ポーランドは、ドイツのポーランド回廊返還要求をどういう理由でつっぱねたのでしょうか?

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pla********さん

2018/2/1004:58:21

ボ、ボクは小学生でしゅが・・・

ナチスはポンメルンの帰属については要求しないで、かわりにポーランドの外交的立場を国際連盟の管理化から排除して二国間同士の個別な関係にし、ポーランドも植民地(!)を所有する提案、および防共協定の提案をしたのです。ポーランドはミュンヘン会談以降伝統的な均衡外交関係に回帰し、ドイツとソ連と国連機関イギリスにあいまいな返答をすることに終始していたのです。ポーランドがわざと機会を逸するよう遅延方針にしたのは、ドイツと共に国連管理下から離れて個別に国境策定をしてしまうと、ダンチヒのドイツ人人口よりもずっと多いカーゾン線以東の国内のウクライナ系人口が、ダンチヒ問題に呼応して独立要求しソ連邦に国土が編有されてしまうということであり、これは独立戦争で侵略した領土を喪失すると軍隊の支持を失くし国土が民族として崩壊する危険がありました。ポーランドの実力をともなわない火事場泥棒的覇権主義が抵抗になっていて、イギリスとほぼ断交状態になっていることを優先的に改善しようと、イギリスと同調し宥和的態度をやることを表面的にやめざるを得なかったのが理由です。ルーズベルトもベックに譲歩はするなと脅しをかけ、イギリスは自国の都合を突き付け、モロトフは独ソ不可侵条約を結んで第一次世界大戦以来の軍事均衡力の脅威度が回復してしまい、大国間の思惑に気付かなかったポーランドは、ベックのバカ野郎と嘲笑されて消滅します。

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mek********さん

2018/2/1007:40:22

フランスの支援を信用しすぎたんじゃないかな。ポーランドはポーランド分割でドイツ・オーストリア・ロシアに分割され、ドイツ革命・オーストリア革命・ロシア革命に便乗して独立を回復したばかり。で、フランスがポーランドに対して妙に面倒見が良くて軍事顧問団を派遣して軍備を支援した。それで調子に乗ってポーランドはソ連(はまだ発足してないが)と戦争してたりする。ナポレオン戦争の時代、短命ながら一時的にワルシャワ公国が建国されてショパンが生まれてフランスに亡命してジョルジュ・サンドと交際している。それでナチス・ドイツに対抗してフランスとポーランドは相互援助条約を結んでいる。ポーランド回廊についていえば、フランスを過信していたとしか考えられない。

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