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鉄道の日立電鉄は本当は日立駅まで出来る予定でしたが鮎川で終わっていましたが日...

uto********さん

2018/2/2201:32:33

鉄道の日立電鉄は本当は日立駅まで出来る予定でしたが鮎川で終わっていましたが日立まで路線があれば現在も廃線にならず常磐線の支線のように使えたり常磐線の競争私鉄みたいにたっていましたか

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ベストアンサーに選ばれた回答

kar********さん

2018/2/2419:17:03

鮎川から先は日立駅方向では無く、日立市役所方向を目指していた模様です。

既に日立駅からは日立鉱山専用鉄道が接続しており、複線を頻繁に列車が往来し日立の市内電車的な性格を帯びていたようです。
日立電鉄はこの鉱山専用鉄道に接続を図るべく、常磐線を駅が無い所でオーバークロスして内陸部へ、日立製作所の中枢部へと向かうつもりであったようです。
国鉄の平行線では免許が下りないという実際の問題もあるでしょう。

現地で見れば判りますが、これどうするの?と思わず言いたくなるような高低差があります。本当にどうするつもりだったのか。
戦時ですから、竹を鉄筋代用とした背の高い橋脚の上に他所から外してきた桁を乗せたような、立派な高架線が出来上がっていたかと思います。

戦後にこの構想が復活します。
日立はモノレール試験線を建設しようとし、日立市内から逆に日立電鉄線を南へ浸食する様な事を考え始めるのです。
日立電鉄モノレール化もありえた話ですが、名鉄が犬山に造るという事になって立ち消えとなりました。

日立電鉄はさまざまな「もしも?」の切り口があって、楽しいですね。

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

2018/2/2418:56:27

まだぎりぎり存続していた可能性もあるように思います。
鮎川から、商業施設の多い日立駅前まで路線があと3kmほど延びてさえいれば、常磐線のバイパス線として地域密着型の需要があったのではと。

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