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ハプスブルク家について質問です。

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ID非公開さん

2018/4/1422:17:30

ハプスブルク家について質問です。

ハプスブルク家が大帝国を築き上げたのは沢山の子どもが生まれるからだと参考書で知り、自分で家系図を見て考えたのですが、
・スペインはフェルナンド2(5)世とイサベルの娘のフアナとマクシミリアンの息子フェリペ1世が結婚したことでハプスブルク家領になった
・ネーデルラントはハプスブルク家のマクシミリアンがネーデルラントの女性と結婚したことでハプスブルク家領になった
上の2つ言っていることはあっていますか?

あと、フェルナンドとイサベルのもう1人の娘がイギリスのテューダー朝のヘンリ八世と結婚していますが、このときはどうしてスペインはテューダー朝の領地にならなかったのでしょうか?離婚したがってたからですか...??違いますよね...

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na_********さん

2018/4/1423:44:03

>ハプスブルク家が大帝国を築き上げたのは沢山の子どもが生まれるからだと参考書で知り
それはウソです。
家系図を良く見てください。

『・スペインはフェルナンド2(5)世とイサベルの娘のフアナとマクシミリアンの息子フェリペ1世が結婚したことでハプスブルク家領になった』
これは、正確ではありません。
スペインのカトリック両王(イサベルとフェルナンドのこと)には、5人の子がいましたが、ブルゴーニュ公マクシミリアンには2人の子しかいませんでした。

カトリック両王の2番目のファン王子とマクシミリアンの娘のマルグリットと結婚し、マクシミリアンの息子フェリペとカトリック両王の3番目の子ファナとが結婚する、二重結婚が行われました。

結婚後まもなくしてファン王子が亡くなってしまい、ファンとマルグリットの間の子も、死産となってしまいました。
この段階で、カトリック両王には、男子継承者がいなくなり、スペイン王位継承者は、ポルトガルに嫁いだ長女イサベルとなりましたが、イサベルは、息子ミゲルを生むと、まもなく死んでしまいました。
これでスペイン王位継承者は、ポルトガルのミゲルになるのですが、そのミゲルも2歳で亡くなってしまい、スペイン王位継承者は、カトリック両王の3女のフアナになります。

カトリック両王のイサベルが亡くなると、フアナがスペイン女王となりマクシミリアンの子のフィリップがスペイン王フェリペ1世となりますが、まもなくフィリップも亡くなり、2人の間の子のカール(カルロス1世)が、スペイン王となり、スペインは、ハプスブルク家となります。

イギリスに嫁いだカタリーナは、5番目の子であったため、スペイン王位継承権がフアナよりも低かったため、スペイン女王にはなりませんでした。
(しかし、カタリーナとヘンリー8世の間の子であるメアリーは、カルロス1世の子のフェリペ2世と結婚し、形式上スペイン女王になっています)

スペインのトラスマラタ家とハプスブルク家の結婚では、トラスタマラ家が5人の子があったのに対して、ハプスブルク家側は、2人と、ハプスブルク家のほうが、子供が少ないことがわかります。

ネーデルランドをハプスブルク家が田に入れた時も、フリードリッヒ3世には、マクシミリアンとクニグンデの2人しか子供がいませんでした。
(ネーデルランドのブルゴーニュ公には、娘マリアひとりしかいなかった)
このことからも、ハプスブルク家に子供が沢山いたので、大帝国ができてというのがウソだと分るはずです。

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質問した人からのコメント

2018/4/14 23:52:22

回答ありがとうございます。私は学校で去年使っていた資料集の後ろのほうにある家系図だけを見たのですが、全てかいてあるわけではないんですね...(>_<)
ちゃんとしたのを見ながら回答と一緒に理解しようと思います。ありがとうございましたm(_ _)m

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